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神谷サンちの猫―Kamiyasanchi・no・Neco―  作者: 風魔 和之
第Ⅰ匹 猫の目
13/50

#12

最近、どうですか?

「…はい」


白衣の老人男性はゆっくりはにかんだ。人生背負ってる年数が多いと、誰でも少しは悪賢そうな笑みを浮かべる。この老獪そうな医者も、年増のナースも。神谷の妄想冷めやらぬ、少し眠たそうな目で終盤の診察を両親と共に迎えていた。


しばらくの間、和室は沈黙に覆われる。開かずの口。踏み切りのように高鳴る“鼓動”


「だんだん、…そうですね…段々体がだるくて、弱ってる気がします」

「そうですか、確かにしんどいと思います。なんか次第に衰弱していく、そんな感じですかね?」

「…はい」

「お食事はどんな感じですか?」

「‥食事ですか?…あんまし食欲ないですが」

「なるほど、無理に食べる必要ないですよ。」


え?ー伏し目がちだった母の質問が飛んだ


「確かにそう思われるのも無理はありません。ですが、好きなもの、特に口当たりの良いものを好きな分だけ召し上がっていただくだけで実はいいですよ。無理に食べさせる必要なんて、ないですよ」

「はぁ…そうですか。すみません。食べさせないと体が弱まってしまうと思って…つい」はりつめた母の視線は一気に弛んだ


相対(あいたい)する瞳は緩やかに笑う


「‥お母さんがそう思うのも致し方ありませんよ。息子さんの食事摂取量が減少することは、これは仕方ないんです。何事も無理は禁物ですよ。息子さんに食事を強いることがないように気をつけてくださいね」

「わかりました」父のぎこちない顔で話は途切れた。


「他にご質問はないですか?」


今、自分が抱えている苦痛

抗がん剤を服用し

まだ食欲不振、便秘などの副作用が多少残っている―


本当に苦しいって泣きたい日もあるけど、

言いたい事なんていっぱいある

山ほどある

なのに、こんなにもうまく伝えられないもんなんだ。

人って。


もどかしさ―強面の医者はよく頷いて、引き出しを軽くしてくれている


会話に慣れたのは医者が帰る準備をしている頃。人なつっこそうな看護婦は母と会話している。時折、自分と、父も、参加させられた。精神的な部分を共感してくれてるんだとおもう。


二、三時間なんて、あっというまに過ぎた


思えば、結衣に言い出せてない。なにも。これ以上、つもりつもった過去は―クズだ

“罪”―仕事仲間と泊まり込みの執筆活動…なんて、期限切れの嘘をつく


(薄闇)


夏の初めの夢に、さ迷う

小さな嘘から差し込む一筋の光さえ藁をもすがる思いで信じた。



朝になった。

神谷は二階の部屋でノートパソコンを開いて机に向かっている。真っ白い画面に叩き込まれる文字の輝き、額を覆う手のひら

意味を持ち始めた一行の文なのに、やっぱりアクセントがない、ネタは浮かんでこない


椅子に反り返って、一息つく


自分の形跡をたどる「自分探しの旅」とかはどうだろう

小説(フィクション)ではないアルバムのような―


過去を刻む頁をめくるめく旅の途中

神谷は奇跡など信じていた。ココロノくすみが変に自分を楽しませようと考えたりした


昼頃だったと思う


溢れる洗い物をやめて、電話がつながらなかった直後の無機質な余韻―肩で支えながら、なおも聞き続けた


妻の死を思い出した―蛇口しめる。前触れなく、シンクに流れついた想い出の数々、死の“音沙汰“を、気付いてやれなかった。病室の 抗がん剤で髪を落としてもなお 闘っていた妻の姿。奇跡はあるんだって、自分に言い聞かせていた


(病院から瞳孔が開いて呼吸も乱れていると連絡を受け、すぐに向かった)


運転しながら、妻の家族にも連絡をしたー病院に到着するとひたすら走った。病室前の廊下まで嫁を励ます看護婦の声 響いている


扉を開いた

呼吸器に繋がれた嫁が痙攣を起こしていた


その光景に我を忘れてしまった


突然、鳴り響いたアラーム

時止まるメロディーに、耳をすました。数秒が何時間も膨れ上がる。


妻の幕はまた拓かれると信じた午前7時34分。


心電図の横一線の静寂



【―】


機械的な眠りにふける妻。幕は拓かない。覚めない、さめてくれない。。天井が迫り来るように墜ちる―背筋に冷たい指先が(かよ)った


イヤダ。。ウソ


こんなのウソ


(髪を愛でることも、ありきたりな夫婦の会話も、もう二度と…)


声は出ない―

大好きな姿が歪曲(デフォルメ)されていく、目の前。まるで戯れのように

泪で、全てが溺れてく、見えない、深い闇。真っ暗な孤独、たぐりよせた水面(みなも)の光


たったひとつの出口は


勢いよく顔を出すと、ひしゃげて、現実色に染まる‥。この地上だった。


嗚呼―いきやがった


‥お前。どうせ、お得意の「芹沢かよ」か?演技やろ?ドッキリじゃすまされねぇって。いい加減、起きろよ。


分かった!―お前 まだ、あのこと 根にもってんのか!?だから、こんな仕打ち、するんやろ?―わかった!買ったる。買いにいったる。いますぐ。いくぞ、オラ。立てよ。いい加減さあ、おい。


…なあ…真希って


ぉきろや…もぉぃちどさあ…たってさぁ…よんでくれよ…なぁ…


【―】


親指の下の()らかいところ、水の感触

一滴‥二・三滴。


あ…これなんなん?


「。何を今さら…。」


宗教とかまるで信じていなかった。最近になって調べたり

民間療養を信じたり

健康的な食事


高鳴る鼓動は真実なのか嘘なのか

答えなんて解らへんけど、歩みよってみた。神や仏―死を恐れないよう絶対的な存在信じて、すがることで救われると思った。緩衝剤のプチプチに包まれた割れ物―心、何も見えないはずの暗闇で見つけた―生か死。か―迫り来る 迷い無き跫音(あしおと)


すみれ色の世界を見た寝起きのワンシーン。


「……。」


西日が降り注ぐ何のへんてつもない夕暮れ

染まり果てる空間。現実に還ってきた


真希―。


お前の分まで、…死ぬまで生きてみるしかないのか。


……。


(目と鼻の先のリビングはなぜか別の時を刻んでるみたいで)


両親に断りも入れず、大雑把な身なりで、神谷は外へと飛び出た


―。


母親の着信が住宅街を抜けきったころに鳴りつづける、いつも震えてた太もも。無視した赤から青へ

横断して、死神たちの攪乱始まる頭脳、ただ北へ―このままいけば、都心部に辿り着くだろう


姿格好さえ気にならなくなった駅前

儚く通り抜け、無精髭、寂れた足取り。とりとめなく生々しい「活力」に満ちるハコモノ。町で一番大きなショッピングセンター、自動扉に招かれて、入ったマクドナルド手前。大勢のなか、前からやってきた中年男性と向い合わせになり一度視線を下げた


道をあけ、横切った二人。ふと神谷が振り返った、向こうも―こっちを見ている。


怪訝な顔は記憶の流れを遡る


「…鮎貝?」

「!」


子連れのお父さんになってる 学生時代の友人


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