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神谷サンちの猫―Kamiyasanchi・no・Neco―  作者: 風魔 和之
第Ⅰ匹 猫の目
12/50

#11

華々しいヒカリノ輝き。


きらきら照り返す海のような眼差し


胸の奥からキリキリと締め付けられるこの感情を、残酷にも揺さぶる、、

単純にもがれてく壊れそうな心臓(ハート)


この女は必ず俺の女にする

そう決めたんだ。

全身を駆け抜けた《熱情》。


あれは薄透明なガラス細工の上で、まごまごしてる手を見つめた午後のインテリアショップ。前から趣味にしてるという雑貨集め。急に熱くなるところが、本当の姿みたいだ。お忍びで二人が訪れた、山手の古い喫茶店。寂れた店内、テーブル席、向かい合わせになって、ふと思う。

過去、現在、まだ見ぬ未来(さき)

彼女は常に僕のなかで先端をゆくと思えた

いまでも強くそう願う。


だからこそ俺は真剣に欲した

本当の悪魔(じぶん)になれた。


あのころ―ただ前しか見えてなくて本気で崖のような理想に、正面からぶつかった。

当時、付き合っていた女と電話口で別れ―セケンを賑わす“芸能人”へ乗り換えた。世間体から脱皮しようともがいてたあの女に恋をした。


付き合いは桜舞う春、夏の気まぐれは過ぎ、秋の成熟に向かう


“眼鏡と帽子”

魑魅魍魎なマスコミの目だけはどうしても避けては通れない運命だった。そうしなければならなかった

だから、小さなケンカも跡は絶えず、のさばり、いつも省みた独リの夜。


どうして

あんな態度をとったんだろ

冷たくあしらったんだろうって。


でも

決まっていつも

二人になると柔らかな彼女の髪を軽く撫でてしまう


〈愛してる。〉


恥ずかしげもなく、言葉に出来た

そうすることで自分の気持ちとか欲望にまっすぐでいられた。この(ひと)だけに。彼女の横で ちょっと小高い位置から眺めた あの…猥雑な都会の夕暮れ。お互い、溺れるような欲望に嵌まり、そして、忠実な(シモベ)であった


帰りしな、舗道から外れた夜の公園で、暗闇に乗じ、唇を奪った。


ポカンとした彼女の虚ろな顔色

押し倒しー何もかもさらけ出させたコンクリート遊具の中


【冷たい空洞。】


口のなかで、くぐらす舌

頬寄せて、暗部の向こう側に棲む魔物たち、柵の向こうで乱れ遊ぶ草木の群、ほだされ、憂いを帯びる瞳。男はほくそ笑み


いま、この瞬間(とき)が、絶景になる


首筋―こちょばそうに女は戯れ、なおも責めつづける唇 (うな)されていく。俺だけに魅せる【真希】の顔は厭らしさを迸り、火照っていた。揉みしだく―胸の膨らみ


報道の自由という檻を飛び出して大胆不敵な愛は誰にも悟られず、むくむく育った


冬の十二日 木曜日だった。

入籍直前というところで〈デート現場〉をキャッチされる。真っ青な衝動とともに二人の愛は芸能界を走りぬけた。人気女優を銀幕から誘拐した・と―


10歳も年下の彼女を家庭に入れて芥川作家の世界(それ)は始まった


「…―、」

神谷は、集中できず、パタンと本を閉じてしまった。


…こんな今さらなこと、

5パーセントしか引き出してないけど、夢に現れてきそうだ、あまり掘り下げたくない


もし、万が一でも・久しぶりに出逢うことが叶うなら


ただ、抱き締めたい。



「龍之介―なにしてんのー?」

かけ昇る母の声、浅き思いは、ぷつり、断ち切られた。


妹家族が和室を占領していたため、雰囲気に息苦しかったのも事実だ。階段から降りたあと、和室のテレビは一変して子供向け番組が陽気に流れてる。なんとか、笑って旦那さんに会釈する


今や感情のなき能面なんて早く剥ぎ取りたい

罪のない姪と甥っ子。そんな面倒、リビングのテレビ観てたオッサンがする始末。やってきた周りのみんな また笑ってる



午後8時半。


無口な白い置時計。

妹家族が去ったあとの活気の薄れた家に広がる静寂と夜。

夕飯の時間、リビングで食卓を三人で囲んだ。テレビの喧騒が時々迷わせる箸の居場所。口へ運び、全体的に薄味なのがほっと・させた

久しぶりに噛み締めてみる

きっちり重ねらたほうれん草のお浸しに無造作なる鰹節の(みだれ)、白身魚の煮付けに乗った―しょうがの崩れた身なり

感想を聞かれ、淡々と答える父と息子の黒い瞳。見たことのないロードショーを観ながら食べる。満腹になったあと 一息ついてから、和室へ移動した。シンクの水につけおく皿


三人は腰を落ち着かせ、淹れたてのお茶でも飲んだ。癒される空間。顛末の途中、主人公の恋人が死んだ―十時。紅く染まり始める母の渚は細めた瞼にだんだん隠れゆく


〈汐は満ちた〉


何かがぷつり切れたみたいに、波打つ。


なんども、絶えず、薄い唇を歪ませ

顔しわくちゃに膨れる。伏せた目を

拭っては唇噛み締め、感情圧し殺してるのか 口が決壊した。ゆっくり(こうべ)を垂らし、小声になり、畳の置いた手 叩きつけた


なんで……なんで‥


母の瞳にもうロードショーの結末は映っていない。テーブルに置いた右手を年老いた母親の温もり。ちゃきちゃきしたあの頃の母さんはもういないんだ


目の前の出来事に父はお茶をいれなおしてくれた


両親は70になったんだ



凍った年月がゆっくり溶解している

新たな流れをこんこんと生み出している。昔なんていつも親に注意され、右目が反応してた神経さえ、今日は、弛んだ


汐はひき


お茶を飲む―『あっつッ!!』

口の中、上の柔らかい粘膜のヒダが爛れた

舌先で嘗めて、


(思いも爛れるようで)


痛い。


気でも触れたように叫んだ息子

弾けた。母は笑っていた。


そして気づいた。失われたのは未来なんかではないと。笑う門に来るもの、つかの間のこの団らんを信じた



(夜更け、やっぱり目がさめた)


冷蔵庫のお茶をのみにいく階段の向こう。眠れなくて、和室の電気をつけ、誰もいない畳の上でテレビなんか見てる。チャンネルを変え、今日の天気がクラシックに乗せて、流れる。神谷は眉間にシワを寄せ、テレビの方へ動き出す。屈みこんで、テレビ台の内部、何もないのはわかっていたのに覗いてみた


DVDでもねぇかなあ~…


「…。」

リビングの方向へゆく足どり、電気をつけ、やはりテレビの下の棚。「…!」

奥に手を伸ばし、並べられた書籍の中、取り出されたもの

…。


まだ新しい医療系の雑誌には

ほとんど折られた頁の角…伏せんが顔を出している。見開きに、気になる染みの波紋。神谷は雑誌を閉じた。


天狗だった鼻の先。これからは、むしろ、折っていかなくてはならない。人生で、傲慢になって、嫌われるより、むしろ…つんとした刺激が鼻のなかを行き渡り、目尻に溢れ出してくる。


―。


ごめん。ほんと、‥ごめん



夏のはじまり。

淡き春の 影



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