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神谷サンちの猫―Kamiyasanchi・no・Neco―  作者: 風魔 和之
第Ⅰ匹 猫の目
10/50

#9

雲散ると・陽射し現る午後。

天気予報士の口を揃えて伝えた今日


ようやく副作用が収まり

長い病院生活にひとまずピリオドは打たれた。毎日、まいにち、病院まで通った道。まるで、変わらないけど、思いきって、別の道を‥あの日、歩きたくなった


(あの日、窓の外は雨。主治医から淡々と説明を受けていたいつもの診察室。)

神谷は伏し目がちで頷いていた…聞き流しそうなぐらい自然な会話の流れで―空きが出ましたよ。そういって、主治医は嬉しそうに、ボールペンを置いた。左手には軽いガッツポーズ。きょとんと…先生の口から流れてく案内を神谷は聞き落としていた。


「…!」

外に出れば、緑は包む、駅前のありふれた世界。色で溢れ、人が集まれば模様と化す美しきアスファルトの〈地上〉


六畳一間の住み慣れた自宅を後にして男、その出で立ちはどこか勇ましくもみえた

大きく―鼻から息を取り入れ、ふうっっと出していく


(地元の匂い)


行き交う車の音。賑やかな量販店。人混み。寂れた商店街。ハコモノを乱立し温かみが薄れた都心部。すべてが懐かしく通り抜け、思わず、、悲しんでしまう


(小麦色の肌は褪せて―以前より増したシワ‥頬肉は落ち、“影”が棲み着いている)


昔と引き換えに今がある。

大量の荷物なんども下ろした手、握りしめ、そう信じることにした。ちっぽけなスーパーで、願い事が吊らされている短冊。路地に入り込む猫。広々とした道路―青い点滅に急いで、横断する。直進すると公園があって、生い茂る傍ら、繁殖をやめた住宅街に囲まれる


たちならぶ家と並行して早足になる。

グラウンドから溢れた歓声―このまま南下すると国道にぶつかるだろう

神谷は左折して、街角に入った。軒先で成長した“向日葵”と出会う。まだ見えない太陽に向かう―その晴れ姿は昔と変わらない。


ひと息ついてまた歩き出す。今度はゆったり何もおこらない。

平凡な街の風景は、どこまでもつづきそうだ


年の移ろいを感じる一軒家

今風の家に挟まれ、ぽつんと、佇んでいる。

歩みはそこで完全に止まった。扉から少し離れた郵便受けに神谷の手が伸び、インターホンのボタンを押した


しばらくして


“あ。はいはーい”


懐かしい声。


―、


ドアから出てきたその人は―予想外にも、言葉を失った


【痩せこけた老婆】


萎れた顔に あったかい(えみ)が咲く


「お帰りなさい。」

「…ただいま」

一度ぎゅっと力んだ瞼。母だった。ほんの数秒だけ、他の人にみえた

「…アンタ、どんだけ荷物もってきたん?!重たそうやん。もったるわ」

「いや、いいって。…いいから」


折り曲げた人差し指で二度三度、目頭を隠すような神谷の仕草

察したように、母が細めた瞳


伝わる、言葉の降り落ちない玄関前


「ほんなら、はよ入りって。も~なに持ってきたんよー‥…アホ。」

「ごめん。」


「……待ってたんやで‥」

うん。唇の角度は微妙に上がり、零れる白い粒。


リビングの長椅子で荷物を手放し、ふと視線はガラス戸越しのウッドデッキに移る


鬱蒼と生える観葉植物に対面している父。


気がついた、のろのろとリビングに上がる。梅雨が明けたばかりの部屋にこもった空気はすっと逃げ出していく。隙間が生じているガラス戸を台所の母に指摘されて、折り返した父。かつて、威厳のあった姿、年季の入った優しいシワだけがその目尻に、浮かんでいた。閉め直しにいった後ろ姿、白髪(はくはつ)の後頭部も薄くなって、着ている部屋着といえば、いつまでたっても、一緒なんだ。


そんな親父と久しぶりに目をみて会話した。


リビングから廊下を介して、殺風景な和室がある。家族は淹れたてのお茶をすすりながら、似つかわしくない大画面テレビの前でゆるやかな時間に浸った


途中、和室を立つ神谷。開き戸から玄関の方に向かう。右手はほの暗い階段、左手が別の引き戸。迷わず左へ向かう。


誰もいない廊下。活きのいい水の音がフローリングの上に響いていた


中途半端に開いた扉の隙間から、すっかり年老いてしまった二人の様子をみる。

和室に戻る。神谷はこれまでの人生をやんわりと切り出した。


何気なく下げたテレビの音量が


余計、重くのしかかる、

父の瞳と母の瞳。


副作用に苦しんだ入院生活‥

毎日、外の光景を眺めながら薬づけのベッドのうえ

実家近くで在宅ケアに対応してる診療施設をやっと予約できたとき、あの主治医がガッツポーズしたこと。

退院後も続いた緩和ケアをじぶんなりに乗り換え今があること


湯呑みに渇いた唇がゆく。溜まりきった、小さな渋み。

ア。そういえば―午後2時に、妹家族が来ることを父は告げた。


掛時計を見た土曜日の午後1時。。過ごしやすい格好で、テレビの前、もはや、どうでもよくなる30分前だった。


別世界に誘おうとする瞼の向こう


撮りためたドラマの一場面がさっきから静かに流れている



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