第七章 鼓動
それからぼくらは仲の良い友達になった。それと互いに
「偽り」
という秘密を共有する仲にもなった。
ぼくは蓋が開いたことにとても驚いていた。
晶だから…だから?…
「だから」
ってなんだろう…?でも晶だから開くのを押さえ込もうとしなかったのかな…って思ってしまう…
なんでだろう…晶の前では自然体でいられる…
この気持ちはなに…?
ぼくらは三角公園を後にした。なんだかお互いに涙を見せ合ってしまったことや抱き合ってしまったこと(正確にはぼくが抱きしめたんだけど…)などで、アパートまでの道のりはちょっとだけ気まずかった…。
それに初対面なのに…。初対面なのにどうして……そっか、晶もぼくと同じだからか…。ぼくは一人で納得した。
ぼくは、晶と
「共通」
するものが
「偽り」
以外にもある気がした。でもお互いにそこには触れなかった。何だかそこには触れてはいけないような気がして…触れたらまだ未完成なものが…
「何か」
が壊れてしまいそうで…。
ぼくらは家路を急いだ。一言も話さずに。でも手をつなぎながら…晶の手はとても冷たかったけど、二人で握り合うと確かなものが感じられた。アパートの前まで来るとぼくは恥ずかしさからか急に手を引っ込めてしまった…。
「…」
晶は少し地面を見つめた…。その後ぼくを見て哀しげに笑うとさっさと歩いて自分の部屋へ向かった。晶の家族の引っ越しはとうの昔に終わっていたらしい。アパートは静まり返っていた…。ぼくはそれを黙って見届けた。
チクっ…
「うっ…」
ぼくの胸に何かが刺さるのを感じた。晶の後ろ姿を見ていて不意に切なくなった。さっきの晶の哀しそうな笑顔がぼくの中にかけめぐる…。
なんだろう…この気持ちは…
ぼくは変な切なさを感じた。そしてぼくもアパートの自分の部屋へと向かった。パタン……
玄関を閉めると同時にぼくの蓋も閉まった。緑の大海原がが焦げ茶色へと退化していく…。羽はどんどん真っ黒に…。
ドクンっ…ドクンっ……
鼓動が速くなるのを感じた。
ドクンっ…ドクンっ……
「お母さん…」
見上げると母さんが立っていた。
「和磨、ちょっといらっしゃい…」
そう言うとリビングへ向かった。ぼくも後に続く。ぼくはまた蓋にテープを巻き始めた。ドカッと母さんはソファに腰をおろした。ぼくは母さんから見て真っ正面にあたるソファに腰をおろした…。
ぼくは急いでテープを巻き始める…
「ねぇ和磨…」
「なに?お母さん。」
「晶ちゃんは礼儀正しかったわよねぇ。」
「…そうだね…。」
「あぁあー。あんなに礼儀正しい子って羨ましいわよねぇ…。」
母さんはそっぽを向きながらぼくに言う。
「…。」
「ねぇ…母さんちょっと恥ずかしかったわぁ。和磨はできる子だと思ってたのに…」
「…」
ぼくは俯いた。
はやく…早くテープを巻いて…早くっ…
また何十にもテープを巻きつけた。前よりもずっときつめに…
ぼくは母さんを見て反省してる素振りを見せた。
「ごめんなさい…お母さん。」
「今度からはもっと礼儀正しくなって、もっといい子になるからね!」
そこですかさず、これでもか!という笑顔を見せた。
「そう?お願いね…これ以上恥をかかさないでね。」
「はい。」
「分かりました。」
ぼくは蓋が全く開く気配がないのに…それなのにテープを巻き続けた。泣きながら…
「そうだ!和磨そういえばご飯まだよね?」
「うん…そうだけどまずいいや。後で自分で食べるよ。」
「そう?」
「うん。気を配ってくれて有り難う。」
…気を配っているのはどっちだろう…。そう思いながらぼくはぼくの部屋に戻った。そのやりとりを部屋の隅でお父さんは見ていた。だけど見ているだけで口出しはしない。普段は優しいのにいつも母さんの前ではだんまりだ。
お父さんはぼくのことどう思っているのかな…
そんなことを思うと決まってなんだか期待と不安が入り交じった空気にさせられる…。でも蓋が開きそうになるから言わない。
パタっ…
ぼくはベットに倒れ込んだ。また涙が出てきた…。晶が憎いわけじゃないんだよ…母さんの干渉には嫌気がするけど…でも母さんのことだって嫌いなわけじゃない…だけど…
ぼくは自分の気持ちに整理がつかなくて、やるせなさでいっぱいになった。偽りを演じることに苦しさを感じる。なのに…
晶の歳とか…前に住んでた場所とか聞いとけばよかったな…
そんな時なのにぼくは晶のことを考えてた…。ぼくは泣きながら、いつの間にか疲れて眠ってしまった。
あの時意地でも君のこと聞いとけば良かったね…
家路を歩くぼくらの頬はほんのり薄紅色で、なんだかもどかしかったよ…
今も冷たい小さな手の感触がぼくの心を締めつける。