第四章 苛
「ほら、あんたもご挨拶して。」
その女の子は母親らしき女性に背を押され、少しばかり背伸びした。
「隣に引っ越してきた水谷晶です。これから沢山迷惑をおかけしてしまうと思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします。」
そのあと丁寧に頭を下げた。ぼくは母さんの顔を見た…あっけにとられたようだった。多分ぼくよりも礼儀正しかったからだと思う。ぼくは苛ついた。ぼくに勝てる奴なんてそうはいない。でもこの
「晶」
って奴はこの時、母さんの頭の中で母さん独自の考える
「良い子」
の基準を満たした。ぼくよりもはるかに上の…つまりはぼくに勝ったのだ。母さんはすべて外側で決める。つまり中身なんて関係ないのだ。自分にまつわるものは全て上玉でないと気が済まない。そんな感じの人だ。
「…礼儀正しいお子さまですね…。」
苦笑…。母さんの顔はひきつった。
あぁ…。また母さんにどやされる。母さんは今日の夜にでもぼくに嫌みをとばすだろう。
「干渉」
それは母さんの中では
「比較」
にもつながる。
はぁ…。
心の中でため息がでた。いつからだろう…こんな風になったのは…。あぁあの頃からか…。嫌な思い出。
「和磨、晶ちゃんと三角公園で遊んでらっしゃい。水谷さんはお引っ越しのことでいろいろと忙しいと思うから。」
「いえ、そんな、悪いですよ。」
「そんなご遠慮なさらずに、和磨も暇でしたし…。」
はっ?ぼくは暇どころか朝ご飯もまだ食べていない。外だってまだ雪解けが終わってないのに…。母さんはきっとこの『晶』って子を視界に入れたくないんだ。ぼくよりも上だから…。
ガタガタガタッ…
また蓋が開き始めた。ぼくは急いでそれを押さえ込む…。泣きそうになりながら必死でまたテープを巻き始める…。なんで泣きそうなのかは分からないけど…。もうどうでもいい…良い子を演じるついでだ。ぼくが
「NO」
と言ったらどうせまたあの時のようになる。
「良いですよ。ぼく、晶ちゃんと遊びたいです。」
ぼくは言った。笑顔で。これで少しは母さんの機嫌も直るだろう…。
「私も…私も和磨くんと遊びたいです。」
突然そいつは話してきやがった。
おまえが言うな…。ぼくはかなり苛ついた。だけど…
「うん、行こう!」
ぼくは気持ちとは裏腹にとびきりの笑顔で答えた。そいつも うん と一言。ぼくらはアパートから約50m離れた
「三角公園」
へと歩き出す。
この時ぼくはまだ知らない。そこでぼくの蓋が再び開き始めることを…。