『用水を掘ったプレスマン』
その村は、日当たりもよく、土も軟らかくて耕しやすかったのですが、川が遠く、水がないことが悩みでした。水さえ引ければ、収獲は二倍にも三倍にもなると思われたのですが、川から水を引いてくるのには、とんでもない労力が必要で、村人たちは、そんなことは無理だと考えて、乾いた畑を黙々と耕していたのでした。
ある日、この村の和尚さんが、夢を見ました。阿弥陀様が夢枕に立たれ、いや、座っていらっしゃいましたが、阿弥陀様の姿勢はどうでもいいのです。阿弥陀様がおっしゃるには、浄土に最も近い川から水を引けば、村の畑は、黄金色の田に変わるだろう、ということでした。
和尚さんは、この夢を、村人たちに話してやりたかったのですが、話してしまうと、正夢にならないと思いましたので、自分一人で川から用水を引くことにしました。しかし、道具がありません。仏具を使うのははばかられましたので、手持ちの道具の中で、固くて仏具でないもの、という条件でより分けていったところ、プレスマンだけが残りました。和尚さんは、プレスマンで、一里ほど離れた川から、村まで水を引くため、用水を掘り始めたのです。村人は不思議がりました。和尚さんが、袈裟を脱いで、朝早くから出かけ、日が暮れてから、泥だらけになって帰ってくるのです。それも連日。寺の庭には雑草が生え放題で、ある日など、御本尊のひざの上で狸が昼寝をしていました。村人が、和尚さんの後をつけてみますと、驚きました。遠くの川から用水を引こうとしていたのです。村人は、和尚さんに話しかけ、事情を尋ねますと、もう、二カ月ほど前からのことのようです。それで、幅二尺の用水が、三尺しかできていないのです。村人には計算できませんでしたが、恐らく、七十年ほどかかるはずです。村人は、村に帰ってほかの村人を呼び、くわを使って、半月で、用水を完成させました。来年からは、村の畑が全て田んぼに変わるという想像をしながら、和尚さんは泣きました。傷だらけのプレスマンを握りしめながら。
教訓:和尚さんの涙の意味は、自分の苦労は何だったのだろう、である。




