第6話
立てこもり二日目、午前十時。
吹雪の合間を縫って、雪原を震わせる巨大な地響きが迫っていた。
「……何だ、あの音は」
杉本は、二階の窓から身を乗り出した。
探照灯の光の向こう、雪煙を巻き上げながら現れたのは、重厚な装甲を施された一台の大型クレーン車だった。その先端には、数トンはあろうかという漆黒の鉄球が、死神の鎌のように吊り下げられている。
『山荘内の犯人グループに告げる!』
和也の声が、スピーカーを通じて空気を震わせた。
『これより物理的突入路を確保する。抵抗は無意味だ。……ミチルを、その少女を今すぐ解放せよ!』
和也の背後には、火炎放射器を構えた「掃討部隊」が、壁が崩れるその瞬間を、飢えた獣のように待ち構えている。
「ハッ、あいつら本気でぶち壊しに来やがった」
真壁は、吊り下げられたミチルの横で、楽しそうにタバコを吹かした。
「杉本、見てろ。国家の正義ってのは、いつだってこうだ。守るべきガキが目の前にいようが、邪魔な壁があれば家ごと叩き潰す」
重機がエンジンを吹かし、鉄球が大きく振られた。
ゴォォォ……という風を切る音と共に、鉄塊が山荘の正面玄関横の壁に激突する。
――ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃。山荘全体が悲鳴を上げ、天井から土埃が舞い落ちる。
「……っ、やめろ……! ミチルちゃんが落ちる!」
衝撃でザイルが激しく揺れ、吊るされたミチルの身体が壁に打ち付けられる。
「いいぞ、もっとやれ。……今だ、一号。掃除の時間だ」
真壁が無線で指示を出した瞬間だった。
山荘の屋根裏、積もった雪の中に潜んでいた真壁の部下――元プロの狙撃手――が、冷徹に照準を合わせた。
狙うのは、鉄球ではない。
防弾ガラスの隙間、クレーン車の運転席に座るドライバーの、眉間の一点。
乾いた銃声が、雪原に響く。
クレーン車のフロントガラスが真っ赤に染まった。
ドライバーの男は、叫ぶ暇もなくハンドルに突っ伏した。制御を失った重機は、アクセルを踏み込んだまま雪に足を取られ、無様に横転。鉄球が、自陣である機動隊の盾をなぎ倒しながら、雪原へと転がり落ちた。
『……狙撃だと!?』
無線の向こうで、和也の理性が弾ける音がした。
「おい、島田和也! 運転手が足りなくなったな!」
真壁が、吊るされたミチルの髪を掴んで引き寄せ、スピーカーに向かって叫ぶ。
「次に来る奴は、このガキの頭を貫いてからにしろ。……杉本、お前の友達に言ってやれよ。次は、誰の死体が見たいかってな!」
「和也……和也、もうやめてくれ!」
杉本は叫んだ。だが、その声はもはや和也には届いていなかった。
雪原の向こう、指揮車から降りてきた和也は、血に染まった重機を見つめたまま、ゆっくりと自分の自動小銃の安全装置を外した。
その瞳には、かつて杉本と語り合った「未来」の光など、微塵も残っていなかった。
「……全隊、構え。……もう、交渉の時間は終わった」
和也の合図と共に、数条の火柱が雪原を焼き払いながら、山荘へと伸び始めた。




