第4話
「……あーあ。うるせえなあ」
乾いた、緊張感の欠片もない声が、廊下の奥から響いた。
成瀬の狂気とも、阿久津の怒号とも違う、ただただ平坦で、重たい声。
奥の重厚な扉が開くと、一人の男が目をこすりながら現れた。
真壁。この組織の「軍事顧問」であり、実質的な武装の責任者だ。成瀬が「言葉」で人を操るなら、この男は「死」で空間を支配する。
「真壁さん、起きたんですか」
成瀬が、あからさまに表情を強張らせる。
真壁は答えず、腰のホルスターから無造作に、黒光りするブローニング・ハイパワーを引き抜いた。
「子供を入れれば弾除けになるって案を出したのは俺だが……鳴き声までは注文してねえよ」
真壁の視線が、床で泣きじゃくっていた一人の少年――一番幼く、先ほどからミチルの服を掴んでいた少年――に止まる。
「ひっ……」
少年が息を呑んだ瞬間だった。
パンッ。
あまりに軽い音。
ライフルの轟音とは違う、弾けるような破裂音。
次の瞬間、少年の頭部が不自然に弾け、床の粉雪を赤く染めた。
「…………え?」
杉本の思考が止まる。
ミチルの顔に、熱い飛沫が飛ぶ。
少年は、自分が死んだことさえ気づかない速度で、ただの「肉」へと変わっていた。
「これで一人。静かになったな」
真壁はあくびをしながら、銃口から立ち昇る細い煙を吹き消した。
山荘内を支配していた「政治的葛藤」や「人間的な迷い」が、その一発で全てゴミクズのように吹き飛んだ。
「阿久津、やめろ……!」
杉本が叫ぶより早く、阿久津が獣のような咆哮を上げて真壁に飛びかかろうとした。だが。
「やれ」
真壁の低い命令で、壁際に控えていた部下たちが一斉に動き出した。
阿久津の腹に重いブーツがめり込み、彼は床に転がされる。
「……ガッ……ハ……!」
「立ち上がるな。次は耳を削ぐぞ」
部下たちは無言で、残された中学生たちの列に割り込んだ。
一人が少女の髪を掴んで引きずり、一人が少年の顔面を容赦なく殴りつける。肉が潰れる鈍い音と、歯が折れ、床に転がる乾いた音がホールに響く。
「な……何をしてるんだ! 彼らは人質だぞ!」
杉本が真壁の腕を掴もうとするが、真壁の冷徹な眼光に射すくめられ、身体が硬直した。
「人質? 違うな、杉本。こいつらは『材料』だ」
真壁は杉本の耳元で、甘く、死臭のする声を囁いた。
「いいか、外のポリ公の連中に見せてやるんだ。自分たちが盾にしていたガキが、内側から順にバラされていく様をな。あいつが『公務』を優先して突入を遅らせるたびに、このホールの床は赤くなる」
「そんなこと……和也が許すはずがない……!」
「許さないだろうな。だからあいつは、我を忘れて突撃してくる。……冷静さを欠いた軍隊ほど、殺しやすいものはない」
真壁は杉本の肩をポンと叩き、部下が殴り続けている阿久津を見下ろした。
「杉本、お前は二階へ戻ってスコープを覗いてろ。お前の親友が、狂い始める瞬間を見逃すなよ」
ミチルが、血溜まりの中で声も出せずに震えている。
杉本の手に残っているのは、先ほどまで彼女の肩を抱いていた、頼りないぬくもりだけだった。




