第3話
山荘の玄関ホールは、重苦しい静寂に包まれていた。
杉本が威嚇射撃で稼いだ数分の猶予。その隙に、数人の中学生が雪崩を打つようにして山荘へと逃げ込んできた。彼らは戦士ではない。ただの、泥にまみれた子供だ。
「……殺さないで……お願い……」
一人の少女が、床に伏して震えている。その背中には、彼女の体格には不釣り合いな予備弾倉の入った重いベスト。
「安心しろ。……僕たちは君たちを撃たない」
杉本が銃を置き、歩み寄ろうとしたその時。
「動くな! 偽善者が!」
鋭い声と共に、一人の少年が立ちふさがった。
阿久津だ。短く刈り込んだ髪、獣のような眼光。彼は転んだ衝撃で外れた鉄兜を放り投げ、杉本の顔を睨みつけた。
「撃たない? 笑わせんな。俺たちがここまで這いずってきた間、一発も助け舟を出さなかったくせに。お前らがここに立てこもってなけりゃ、俺たちは今頃、修学旅行のバスで寝てたんだよ!」
「それは……」
「国家もクソだが、お前らも同類だ! 自分の綺麗な手で革命だか何だか知らねえが、その巻き添えを食う身にもなってみろ!」
阿久津の手には、逃げ走る途中で拾い上げたのであろう、成瀬たちの火炎瓶が握られていた。導火線にライターを近づけ、少年の指は怒りで激しく震えている。
「阿久津、やめろ!」
少女――ミチルが、泣きながら彼の裾を掴む。
「外にいる機動隊の人が言ってた……山荘の中には、悪魔がいるって。でも、先生もおかしいよ。あんなに優しかったのに、逃げようとしたサトシ君の足を撃ったんだもん!」
杉本の心臓が、冷たい氷の棘で刺されたように痛んだ。
和也。お前は子供たちに、僕たちを「悪魔」だと教え込んだのか。そして、逃げる背中を本当に撃ったのか。
「ミチル、聞こえるか」
阿久津が低い声で言った。
「外の音はどうだ。あの先生様(督戦兵)は、まだそこにいるのか?」
ミチルは目を閉じ、床に耳を当てた。彼女の特異な聴覚が、雪原の微かな振動を捉える。
「……雪を噛む音がする。重い……、普通の靴じゃない。雪上車のキャタピラ音。それに、和也先生の声じゃない、もっと別の……拡声器の音が、四方から……」
「包囲を縮めてるんだ」
杉本は窓の外に目をやった。和也の狙いが分かった。
彼は子供たちを「弾除け」として山荘に送り込み、内部を混乱させた。そして、杉本たちが子供の扱いに苦慮している隙に、一気に殲滅戦を仕掛けるつもりだ。
「杉本! 何をしている、そのガキどもを並べろ!」
二階から成瀬が降りてくる。その手には、自白を強要するためのペンチとナイフ。
「子供の中にスパイが混じっている可能性がある。全員、指を一本ずつ折って吐かせろ。それが『総括』だ!」
「やめろ、成瀬さん!」
杉本は、成瀬と阿久津の間に割って入った。
背後には、国家への憎悪で自爆を厭わない少年。
正面には、狂信的なリンチを始めようとするリーダー。
そして、壁の向こうには、かつての友が冷徹なカウントダウンを刻んでいる。
「……ミチルちゃん、教えてくれ。一番静かな場所はどこだ」
杉本は、震える少女の肩を抱き寄せた。
今、この場所で、彼が守るべきものは「革命」でも「組織」でもない。
目の前の、泥だらけのジャージを着た、不器用な子供たち。彼らをこの地獄から脱出させること。それが、和也への、そしてこの狂った国家への、杉本なりの「最初で最後の叛逆」になる。
「和也……見ていろ。お前が投げ捨てたものを、僕はまだ、諦めない」
杉本は再びライフルを手に取った。
だが、その銃口が向いているのは、もはや機動隊だけではなかった。




