第2話
山荘の窓ガラスが、一発の銃声に震えた。
杉本が放った弾丸は、突撃する中学生の頭上、わずか数センチをかすめ、後方の凍った泥を弾いた。威嚇――。だが、それは一時的な猶予に過ぎない。
「……なぜだ」
杉本はライフルを構え直しながら、吐き捨てるように呟いた。
スコープ越しに見える中学生たちは、全員が同じ、薄汚れたジャージ姿だった。その胸元には、本来なら名札があるはずの場所に、白い布で「認識番号」が縫い付けられている。
彼らがここにいる理由は、半年前の国会で強行採決された**『青少年健全育成・国防転用臨時措置法』**にある。
公式な大義名分はこうだ。
「増え続ける少年犯罪と、深刻な国防の人手不足を解消するため、非行予備軍および思想的汚染の懸念がある学生に対し、実戦を通じた『矯正教育』を施す」
だが、現実は違った。
この山荘を包囲している「機動隊・特別選抜部隊」の指揮官、島田和也は、かつて杉本にこう語ったことがあった。
『杉本、今の若者は潔癖すぎる。平和という幻想の中で、命の重さを知らない。だから、国家が「痛み」を教え込む必要があるんだ』
あの時の和也の目は、まだ冗談を言っているようだった。
しかし今、和也が指揮を執る「督戦部隊」は、その理論を最悪の形で体現している。
「前へ出ろ! 302番、415番! 止まれば射殺する!」
和也の声がスピーカーを通して山に響く。
中学生の一人、302番と呼ばれた痩せこけた少年が、雪に足を取られて転倒した。抱えていた古い64式小銃が雪に埋まる。少年はパニックに陥り、山荘ではなく、自分を追い立てる和也たちの列へと這って戻ろうとした。
「……くるな、来るんじゃない!」
少年の叫びは、冷酷な一撃にかき消された。
和也の隣に立つ隊員が、少年の足元に警告射撃を見舞ったのだ。
「戻ることは許されない。君たちは今、『教育』の最中だ。敵を殺すか、敵に殺されるか。それ以外に卒業の道はない」
和也の言葉は、氷のように透き通っていた。
彼は知っているのだ。テロリスト――杉本たちが、子供を撃てないことを。
もし杉本たちが子供を撃てば、彼らの掲げる「弱者のための革命」という大義は、その瞬間にただの「児童虐殺」に成り下がる。
逆に、撃たずに子供たちの侵入を許せば、山荘は内側から瓦解する。
「汚い……どこまで汚いんだ、和也」
杉本の指が、寒さではなく怒りで震える。
この「戦争」は、最初から詰んでいた。国家は、子供の命というチップを使って、杉本たちの「良心」を磨り潰しに来ているのだ。
「杉本、何をしている! 撃てと言っているだろう!」
背後で成瀬が叫ぶ。彼はすでに正気を失いつつあった。
「あのガキどもはもう、国家の犬だ! 撃たないなら、俺が貴様を総括する!」
成瀬が拳銃の銃口を杉本のこめかみに押し当てる。
窓の外では、泣き叫ぶ少年が再び立ち上がり、震える手で銃を山荘に向けようとしていた。
スコープの向こう、雪煙に霞む指揮官の影。
和也は、あえて防弾バイザーを上げていた。
彼は、杉本が見ていることを知っている。
そして、無言でこう告げていた。
――選べ、杉本。理想のために子供を殺すか。子供のために理想を捨てて死ぬか。
「……和也、お前が始めたんだな。この地獄を」
杉本は、再びトリガーに指をかけた。
今度は威嚇ではない。
誰かを、殺さなければならない。
その一発が、中学生の胸を貫くのか。成瀬の脳漿をぶちまけるのか。
あるいは、あの懐かしい、かつての友の心臓を射抜くのか。
杉本の視界は、溢れ出した涙で白く濁っていった。




