その虐げられ令嬢、たぬきにつき
あの子、たぬきだわ。
ケモーナは気がついてしまった。
学園のランチタイム。花でも見ながら食事を楽しもうと、庭園を歩いていたときのことだ。
ケモーナの視線の先では、庭師の老人が集めた枯れ草を山にして燃やしていた。
引き抜いてきた雑草を灰にして土に戻すんでさあ、と以前教えてもらったので、不思議でもなんでもない光景だけれど。草を燃やして出る煙の匂いは、辺境の我が家を思い起こさせるから、つい目が向いたのだ。
問題は、その庭師の背後からとことこと歩いてきた女子生徒。
彼女は庭師のそばまで来ると、ちょっこり座り込んで庭師をじっと見つめている。
その姿はまさに『自分もおいしいものもらえますよね?』とやってくるたぬきにそっくりなのだ。
「あ、あの? お嬢さん、どうされたので?」
あんなたぬきの姿を何度も見かけたわ。
故郷を懐かしく思い出していると、庭師の困惑した声が聞こえてケモーナは意識を戻した。
二人のそばへ足早に近寄り、声をかける。
「ごきげんよう、ローガンさん」
「あ、ああ! モフ家のお嬢さん。こんにちは」
顔見知りの登場に、庭師のローガンがあからさまにほっとした顔をする。
「こちらのお嬢さん、ご存知でないかい? どうしてかここに座り込んでいなさるんだが」
やはり、たぬき令嬢の行動に困惑していたらしい。学園のある街中ではあまりたぬきを見かけないから、仕方のないことだろう。
都会ではもふもふと触れ合う機会が少ないのだもの。なんならモフモフにおさわりするためのお店まであるほどだ。
なのでケモーナは答えてあげる。
「ローガンさん、枯れ草のなかに食材を入れなかったかしら。この子はその匂いに惹かれてやってきたのだわ」
「え、やあ、はあ。確かに、芋をいくつか埋めてますがね」
「それですわ」
燃えるく枯草の山を指させば、庭師のローガンは首をかしげた。
「この子はそのお芋をかぎつけて、やってきたのよ」
「はああ?」
「ねえ、そうでしょう。あなた」
そんなはずない、と言わんばかりにローガンが目を丸くするけれど、その隣ではたぬき令嬢が目をぱちぱち。
「はあい。マミはお芋が好きなので」
「もらえると思って待っているのよね?」
「はい。わたし、お芋好きなので!」
マミと名乗った令嬢がにこっと笑う。もしも本物のたぬきならば、太いしっぽをゆらゆら揺らしただろう。
やはりこの子、たぬきだわ。自分ももらえるものと思って、待っていたのね。
確信を持ったケモーヌだったが、はたと気が付く。
マミの毛並み……ではなく、髪の毛が乱れている。
たぬき的行動にばかり注意がいっていたが、よくよく見てみれば彼女の全身がどことなく薄汚れていた。身に着けているのは間違いなく学園の制服なのだけれど、寸法があっていないのかやけにぶかぶかしており、裾や袖のはしがほつれている。
たぬきとして。いや、由緒ある学園の生徒として、あるまじきことだ。
「あなた、マミさん? たぬきのように愛らしいのは大変けっこうだけれども、たぬきのように土まみれで生きていてはいけないわ。あなたの内面がいくらたぬきめいていようとも、あなたはたぬきではないのだから」
「たぬ?」
ケモーヌの言葉にたぬき、ではなくマミが首をかしげる。無防備なその姿は実にたぬきたぬきしい。
かわいいわね。ではなくて。
「お召し物が汚れていてよ。それに大きさも合っていないようだわ。家名をきいてもよろしくて? お家の方に連絡をして、仕立てなおされてはいかがかしら」
「ええと……その、わたし」
もじもじもぞもぞ。
毛皮についた草の種を気にするたぬきのよう。うっとりしかけたケモーヌだったが、はたと気がついた。
「あなた、もしかして編入してきたばかりなのかしら?」
「あ、はい。そうです〜」
のほほんと頷く顔を見て癒されながら、ケモーヌは納得する。
近頃、編入してきたばかりの令嬢がいるという噂は聞いていた。
なんでも貴族家の当主が庶民に手を出して生ませた子であるだとか。知らぬ間に存在していた異母兄妹を快く思えるはずもなく、編入生の兄妹が辛く当たっているだなんて話が確かにあった。
ケモーヌはゴシップに構うほど暇では無かったので、当の編入生をわざわざ見に行ったことがなかったけれど。
彼女がその編入生ね。苦しい暮らしを送ってきたのであれば、この垢抜けないたぬき加減も頷けるわ。
「あなたの話、断片的にしか知らないのだけれど。もしも助けが必要な状況にあるのなら、状況を教えてくださる? わかる範囲で構わないから」
「助けてくれるんですか……?」
潤んだ瞳で見上げないで欲しい。罠にかかったたぬきを見つけたような気持ちになるから。
「……私はただの学生だもの、断言はできないけれど。できる限りのことをするつもりよ」
獣好きとして、ケモーナは本心からそう言った。
ほんのり香ってきた焼き芋の匂いにつられて聞いていなかったマミのことは、まあ許してあげようと思う。
たぬきならば仕方ないので。
…………
「君が僕を呼び出すなんて、珍しいこともあったものだね」
放課後、庭園の片すみにて。
ケモーナは男子学生を前に一礼した。
「お時間をいただきありがとうございます、殿下」
そう、呼び出した相手は我が国の王族。第三王子のダイサン・ロイヤル様。
「先輩で構わない。君がモフモフ倶楽部の後輩として僕を呼び出したのなら、ね」
それ以外の意図は許さない、とでも言いたげに眼を光らせるダイサン先輩は、何を隠そう私と同じく動物好き。
都会ではなかなかお目にかかれない辺境の動物の話をお気に召してくださったようで、いち貴族の娘に過ぎないケモーナに気安い言動を許してくれている寛容な方。
今回はその寛容さに甘えさせていただきます。
「もちろん、倶楽部の関係ですわ。先輩、あちらをご覧くださいませ」
「あっちは鳥小屋だろう。もちろん鳥も嫌いではないが、僕はモフモフころころとした四つ脚の獣のほうが……」
殿下の声が途切れた。鶏小屋のなかにいるマミに気がついたらしい。
「ふふ、いかがです? 動物とたわむれる令嬢ですわ。あの子ならは先輩の動物愛を理解し、いっしょになって小動物たちと遊んでくれることでしょう」
ケモーヌの考えた作戦はこうだ。
マミ(ほぼたぬき)を鳥小屋で遊ばせる。鳥とたわむれる姿にたぬきの幻覚を見たダイサン先輩がマミを気にいる。やがて爵位を得るダイサン先輩とマミが婚姻を結ぶ。獣好きが過ぎて人間に興味を持てず婚約者の決まらないダイサン先輩は助かり、庇護者のいないマミも保護されて助かる。
八方うまくいく素晴らしい作戦だ。
とおもったのだが。
「……たわむれ?」
ダイサンは怪訝な顔。
そこに微笑ましさは無い。
なぜ?
慌てて鶏小屋に視線を向けたケモーヌは、目を見開いた。
そこには鳥たちに囲まれてぷるぷると震えるマミの姿が。よくよく見てみれば、小屋のすみに追いやられたマミの後ろには、どの鳥のものがわからないが卵がある。
おそらく卵泥棒と思われて、鳥に威嚇されているのだろうけれど。
自分より小さな鳥に威嚇されて怯える姿は、まさに鳥小屋に迷い込んでしまったたぬきそのもので。
「そこまでたぬきを再現しなくていいのに……!」
かぶりを振ったケモーヌのそばから、ダイサンが駆け出した。
見ていられなかったのだろう。小屋に飛び込んだ彼に、マミはうるんだ瞳でしがみつく。
恥じらいも何もない、本気で怯えてしがみつく彼女を抱えながらダイサンが小屋から出てきた。
うっとり優しくマミを見つめながら。
「どうしてだろう。この子を放って置けない気がするんだ」
「こわかった、こわかった〜!」
「よしよし、もう大丈夫だよ」
ぴえぴえ泣くマミを撫でくりまわすダイサン。
ふたりの様子はどう見ても情けないたぬきとその飼い主でしかないが。
「……なにか違う気持ちしますけれど、まあ、丸く収まりそうでなによりですわ」
ケモーヌは色々と言いたいことを飲み込んだ。
ダイサンが人間の女性を気にかけるという珍事に、家族である王族は大喜び。
マミは不憫な環境からあっという間に救われた。ひどい扱いをする家から養子に出されるよう、どうやって仕向けたのかケモーヌは知らないけれど。
どこに養子に出されたのかは、よく知っている。
なぜって、マミはケモーヌの家に養子に来たから。聞けば、本人が望んだという。
「えへへ。ケモーヌ姉さん」
「あなた私と同じ年でしょうに」
「でもお誕生日はマミのほうが後なので!」
そう、マミが養子になったのは我がモフ家。
「君の元なら安心して預けられる」
とダイサン先輩も認めて、決まったことだった。
学園を卒業したらマミは爵位をもらった先輩と結婚するから、マミが我が家に籍を置くのはほんの数年の間だけだけれど。
「マミ、あなた今日は先輩とデートなのではなくって? 時間は良いのかしら」
「あ! わわっ、ほんとだ」
「走ると転ぶわよ」
落ち着きなく駆け出すマミの後ろ姿に、野原を駆けるたぬきの幻を見る。
王族と縁続きになるという思わぬ事態になったけれど、たぬきのような妹のいる暮らしはまあ悪くは無いわね、ケモーヌは笑った。
たぬきってかわいいよね、というお話でした




