第一章 第三節 第三話 消えた影
神殿周辺の海の調査は、明確な成果を得られないまま終わった。
異変は確かにあった。
だが、その原因を示す痕跡は残っていない。
「……分からないな」
ネレウスは、静かな海を見つめながら呟いた。
潮の流れは正常だ。
生き物の動きも落ち着いている。
それでも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。
―――――
神殿へ戻ったネレウスは、
無意識のうちに足を向けていた。
訓練場。
いつもなら、
この時間にはエイリオンが剣を振っている。
型を繰り返し、誰よりも遅くまで残る場所だ。
だが、そこに姿はなかった。
次に向かったのは、神殿裏手の岩場。
二人で何度も並んで海を眺めた場所。
言葉少なでも、同じ景色を見ていた場所。
風に揺れる水音だけが、そこにはあった。
「……いないか」
ネレウスは、最後に海辺へ向かった。
夜明け前、一人で剣を振ることもあった場所。
だが、足跡すら残っていない。
胸の奥で、小さな不安が形を持ち始める。
―――――
その日の夜。
長老のひとりが、神殿近くの岩場で奇妙なものを見つけた。
海水が、わずかに濁っている。
潮の流れでは説明できない、
不自然な歪み。
「これは……」
闇の痕跡と断言するには弱い。
だが、自然現象とも言い切れなかった。
長老たちは顔を見合わせる。
「この海域で、人の手が関わった可能性がある」
―――――
ネレウスは、長老の前に呼び出された。
「エイリオンが、神殿を離れてから戻っていない」
その言葉に、ネレウスは静かに息を呑んだ。
「……やはり、ですか」
「さらに、神殿近海で見つかったこの歪み……」
長老は続ける。
「彼が、何かを見たか、あるいは関わった可能性を否定できない」
ネレウスは、拳を強く握った。
信じたくはなかった。
だが、何も知らないままでいることもできなかった。
「水の騎士としてではなく、一人の魚人として頼みたい」
長老は、低い声で言った。
「エイリオンを探せ」
「真実を、確かめてこい」
ネレウスは、一瞬だけ目を閉じた。
思い浮かぶのは、大会の決勝で並んだ背中。
「……分かりました」
それは命令であり、同時に、彼自身の意思だった。
―――――
その夜、ネレウスは神殿を発った。
向かう先は、人の出入りが多い港町。
情報が集まり、人探しに最も適した場所。
「……ギルド」
水の神殿だけでは、届かない場所。
だが、エイリオンを探すには、そこへ行くしかなかった。
波を越え、陸へ。
ネレウスはまだ知らない。
同じ港町で、別の理由から人を探している男が、すでにそこにいることを。




