第三章 第四節 第八話 侵入者の名
古炉守の言葉が落ちたあと、
炉の間には重い沈黙が残った。
中央の炉は変わらず燃えている。
だが、その炎は
先ほどまでとは違って見えた。
火守が、低く問う。
「封印は、完全だったのだな」
古炉守は、
静かに頷いた。
「グラン=バルド様が、
自ら施された封印だ」
その名に、
空気がわずかに揺れる。
鋼守が続ける。
「外部から破られることは、
ありえぬはずだ」
古炉守は炎を見つめたまま言った。
「本来は、な」
短い沈黙が落ちる。
「だが、内部の構造を知る者ならば、
話は別だ」
その言葉に、
炉の間の空気が変わった。
ライナスは静かに問う。
「それは、
誰のことですか」
古炉守の視線が動いた。
そして、一人の人物へ向けられる。
ドゥリアだった。
彼女の肩が、
小さく揺れる。
逃げ場のない沈黙。
やがて、
ドゥリアが小さく息を吐いた。
「……兄だよ」
ネレウスが静かに問う。
「兄、とは」
ドゥリアは顔を上げずに答える。
「ドゥルガ」
その名が、
炉の間に落ちた。
火守が目を細める。
「……あのドゥルガか」
鋼守が続ける。
「この国でも、
最も優れた鍛冶師の一人だった」
鉱守も静かに頷いた。
「若くして技を極め、
次代を担うと信じられていた」
古炉守が、
静かに言う。
「儂の直弟子だった」
その言葉に、
ライナスはわずかに息を止めた。
古炉守は続ける。
「誇り高い男だった」
「誰よりも技に誇りを持ち、
誰よりも強くあろうとしていた」
炎が、
静かに揺れる。
「そして、
誰よりも妹を守ろうとしていた」
ドゥリアの指先が、
わずかに震えた。
古炉守の声は、
変わらない。
「だが――」
短い沈黙。
「ある日、
その均衡は崩れた」
「妹のゴーレムが、
兄を上回ったのだ」
火守が、
静かに目を閉じる。
「技ではなく、
在り方でな」
古炉守が続ける。
「守る者であったはずの兄は、
守られる側となった」
「それは、
誇りを砕くには十分だった」
炉の炎が、
わずかに揺れる。
「その後、
ドゥルガは変わった」
「焦りと、
恐怖を抱えたまま」
「禁忌の存在を、
思い出したのだろう」
ライナスは、
静かに聞いていた。
古炉守は続ける。
「禁忌の技術の存在も、
知識としては伝えていた」
「触れてはならぬものとして」
炎が静かに揺れる。
「だが、
知識は境界を越えるための鍵にもなる」
「ドゥルガは、
封印された工房へ侵入した」
沈黙。
「そして、
触れてしまった」
古炉守の声は、
わずかに重くなる。
「完全ではない形で」
「未完成の理解で」
「力だけを求めて」
ドゥリアが、
小さく呟いた。
「兄は、ずっと……」
言葉を探すように、
間を置く。
「グラン=バルド様に、
憧れてた」
火守の視線が、
わずかに動く。
「同じように、
守れる存在になりたいって」
その声には、
誇りと痛みが混じっていた。
古炉守が、
静かに言う。
「だが、
禁忌は守るための力ではなかった」
炎が、
わずかに揺れる。
「結果は、
お前たちも知っている通りだ」
ドゥリアの肩が、
わずかに震えた。
「工房は崩壊し、
周囲は破壊され」
「多くが傷つき」
「家族も、
失われた」
沈黙。
誰も、
言葉を発さない。
ネレウスが、
静かに目を閉じる。
フィリアの手が、
胸の前で止まっている。
ライナスは、
ドゥリアを見た。
彼女は顔を上げない。
ただ、
拳を握っていた。
古炉守は続ける。
「ドゥルガ以外、
考えられぬ」
その言葉は断定だった。
ドゥリアは何も言わない。
否定もしない。
炉の炎だけが、
静かに揺れている。
ライナスは炎を見つめた。
封印された禁忌。
それに触れた者。
そして消えた職人たち。
まだ確定したわけではない。
だが確実に、
何かが動いている。
この国の奥で、
見えない歪みが広がっている。
炎が、
わずかに揺れた。
まるで、
何かがすぐ近くにいるかのように。




