第三章 第三節 第十一話 勅命
宿へ戻った頃には、
王都の空は、
すでに夕刻へと傾いていた。
石畳の影が長く伸び、
城の白壁が、
淡く赤く染まっている。
誰も、
すぐには口を開かなかった。
玉座の間で交わした言葉が、
まだ胸の奥に残っている。
「……疲れた」
ドゥリアが、
ようやく息を吐いた。
「剣振ってたときの方が楽だったかも」
「同感だ」
ライナスは、
肩を回す。
決闘の痺れは、
もう消えている。
代わりに残っているのは、
言葉の重さだ。
宿の一室。
円卓を囲み、
全員が腰を下ろす。
ネレウスは静かに湯を注ぎ、
フィリアは窓際に立ったまま外を見ている。
リシアは、
腕を組んで考え込んでいた。
「ベルクは処断保留」
彼女が、
ぽつりと言う。
「魔王の名は他言無用」
「取引、
だったわね」
「……ああ」
ライナスは、
短く答える。
「王は全部信じてると思う?」
ドゥリアの問い。
「信じているかどうかは分からない」
ネレウスが、
静かに言う。
「だが、
利用できると判断したのは確かだ」
重苦しい沈黙。
そのとき。
扉が、
叩かれた。
三度。
規則正しく。
全員の視線が、
一斉に向く。
ライナスが立ち上がり、
扉を開ける。
立っていたのは、
鎧を着た兵士だった。
王城の紋章。
表情は硬い。
「ライナス殿か」
「そうだ」
兵士は、
小さく頷く。
「王命を伝える」
室内の空気が、
わずかに張り詰める。
兵士は一歩中へ入り、
周囲を確認した。
「港町ギルド長を同席させよ、
とのことだ」
リシアが、
目を細める。
「ここに呼ぶの?」
「すでに宿の下に到着している」
早い。
王の動きは、
想像以上に速い。
―――
数分後。
部屋には、
港のギルド長も加わっていた。
王都の空気に、
わずかに居心地の悪そうな顔。
だが、
背筋は伸びている。
兵士が、
改めて口を開く。
「王よりの勅命である」
全員が、
無意識に姿勢を正した。
「ドワーフの国にて、
異変が起きている」
「生産の停滞、
職人の失踪、
無人のゴーレムによる被害」
ドゥリアの肩が、
ぴくりと動いた。
「王都騎士団も把握しているが、
詳細は不明」
兵士の声は、
抑揚がない。
「よって、
港町の件を解決した混成パーティーに、
調査を命ずる」
「期限は設けぬ」
「だが、
速やかに動け」
静寂。
勅命。
逃げ道はない。
ギルド長が、
ゆっくりと口を開いた。
「……なぜ、
うちの連中に」
兵士は、
一瞬だけ視線を向ける。
「魚人の国の件を解決した実績」
「そして、
王が直々に見た」
決闘のことだ。
「王は、
“使える刃は使う”と仰せだ」
淡々とした言い回し。
だが、
意味は重い。
ライナスは、
仲間を見る。
ドゥリアの瞳は、
揺れていた。
ドワーフの国。
彼女の故郷。
ネレウスは、
静かに頷く。
フィリアは、
小さく息を吸い。
リシアは、
すでに思考を始めている顔だった。
ギルド長が、
低く言う。
「受けるしかない、
だろうな」
ライナスは、
兵士へ向き直る。
「承知しました」
はっきりと、
そう告げた。
兵士は頷き、
踵を返す。
「出立は、
明朝を推奨する」
それだけを残し、
去っていった。
扉が閉まる。
静寂。
「……休ませる気ないね」
ドゥリアが、
苦笑する。
「王都は忙しい」
リシアが、
淡々と返す。
ライナスは、
窓の外を見た。
夕日は、
もう沈みかけている。
「行くか」
短い言葉。
誰も、
異を唱えなかった。
次に向かうのは、
山の国。
鉄と炎の匂いがする場所。
そこでもまた、
紫の影が動いているのか。
それは、
まだ分からない。
だが。
止まる理由は、
どこにもなかった。




