第三章 第三節 第十話 玉座の静寂
玉座の間は、
広かった。
天井は高く、
声がわずかに反響する。
王の視線が、
まっすぐにライナスへ向けられている。
重臣たちの視線も、
同じだった。
冷たい。
値踏みするような目。
ライナスは、
一歩前に出た。
決闘の熱は、
もう残っていない。
ここにあるのは、
言葉だけだ。
「港町で起きていた魔物増加の件ですが、
原因は紫色の結晶でした」
ざわめきが走る。
王は動かない。
「その結晶を、
ベルク伯爵の部下が港へ撒いている現場を確認しました」
重臣の一人が、
眉をひそめる。
「確認した、だと?」
「はい。
現行犯ではありませんでしたが、
兵士が複数回にわたり結晶を海へ投じているのを目撃しております」
「証拠は?」
「結晶そのものは回収しました。
また、部下は港のギルドにて拘束いたしました」
別の重臣が口を挟む。
「拘束だと?
貴族の兵をか?」
「はい」
空気が冷える。
「越権行為だな」
低い声が、
広間に落ちる。
「貴様らは何者だ。
王都の騎士でも、司法官でもあるまい」
ライナスは、
視線を逸らさない。
「放置すれば、
さらに被害が広がると判断しました」
「判断?
それを貴様がするのか」
鋭い声。
ドゥリアが、
わずかに拳を握る。
だが、
口は出さない。
王は、
まだ沈黙している。
「ベルク伯爵本人も拘束し、
尋問を行いました」
「……勝手に断罪したのか」
重臣の声が、
強まる。
「いいえ。
断罪はしておりません」
「尋問の途中で、
証言が得られました」
「若い魚人の男に、
紫結晶を渡されたと」
ざわめきが、
さらに大きくなる。
「魚人だと?」
「港で夜に現れ、
“望みを叶える”と言ったと証言しております」
「名は、
エイリオン」
その名が、
広間に落ちた。
王の瞳が、
ほんのわずかに細まる。
「証言直後、
呪いが発動しました」
「現在ベルク伯爵は生存しておりますが、
意味のある言葉を発せぬ状態です」
「部下の兵士も、
牢内で死亡しました」
一瞬、
空気が止まる。
「口封じか」
誰かが、
小さく呟いた。
重臣が、
苛立ちを隠さず言う。
「だから何だ」
「証言は残っていない。
兵も死んだ」
「それで伯爵を拘束したと?」
「証拠不十分だ」
「しかも他種族混成の一団の話など、
信用に値するのか」
ドゥリアが、
一歩踏み出しかける。
だが、
ライナスがわずかに手を広げて制した。
王が、
そこで口を開いた。
「他にも報告があったな」
静かな声だった。
広間が、
再び静まる。
ライナスは、
小さく息を整える。
「はい」
「港の件を追って、
魚人の国へ向かいました」
「同様に、
紫結晶による水の汚染が発生しておりました」
重臣の一人が、
眉をひそめる。
「魚人の国まで?」
「はい。
調査の結果、
原因は一人の魚人によるものと判明いたしました」
「名は、
エイリオン」
再び、
その名が落ちる。
「水の汚染は、
水のドラゴンと力を合わせ浄化いたしました」
ざわめき。
「ドラゴンだと……?」
「ですが、
エイリオン本人には太刀打ちできず、
逃亡を許しました」
王の視線が、
深くなる。
「その際、
エイリオンは“魔王”の名を口にしました」
静寂。
重臣の一人が、
はっきりと否定する。
「魔王は三百年前に討たれている」
「存在するはずがない」
「私も、
そう思います」
ライナスは、
正直に答えた。
「ですが、
紫結晶の規模、
呪いの精度、
そしてエイリオンの言動は、
個人の暴走とは思えません」
「背後に何かがいる可能性は、
否定できないと考えております」
重臣たちが、
互いに顔を見合わせる。
「確証はあるのか」
「ありません」
はっきりと、
そう答える。
広間に、
わずかな緊張が走る。
王が、
ゆっくりと言った。
「確証のない話を公にすれば、
民は混乱する」
「魔王が復活したなどと噂が広まれば、
それだけで秩序は揺らぐ」
その声は、
冷静だった。
「ベルク伯爵の件は、
証拠不十分につき処断保留とする」
「貴様らの越権行為は、
厳重注意に留める」
重臣の一人が、
不満げに口を開きかける。
だが、
王は続けた。
「その代わりだ」
視線が、
ライナスに向けられる。
「魔王の名については、
余の許可なく口外することを禁ずる」
「よいな」
取引だった。
ライナスは、
一瞬だけ仲間を見る。
ネレウスは静かに頷き、
リシアは小さく息を吐き、
フィリアは目を伏せる。
ドゥリアは、
悔しそうに唇を噛んだ。
「……承知いたしました」
ライナスは、
深く頭を下げた。
王は、
わずかに頷く。
王は、
ゆっくりと立ち上がった。
玉座の背にかけていた手を離し、
段を一つ、
静かに降りる。
その動きだけで、
広間の空気が引き締まった。
「本日の謁見は、ここまでとする」
低く、
よく通る声だった。
重臣たちが一斉に頭を垂れる。
王は、
ライナスたちをもう一度だけ見た。
怒りでも、
賞賛でもない。
測り終えた者の目。
「下がれ」
短い一言。
それ以上は何も言わず、
王は側近を従えて奥の扉へと歩み去った。
重い扉が、
静かに閉じる。
玉座の間に残ったのは、
緊張の余韻だけだった。




