第三章 第三節 第八話 測られる刃
門前の兵士が、
一歩前に出た。
「名を」
低く、
簡潔な声だった。
ライナスは名を告げる。
続いて、仲間の名も。
兵士は表情を変えず、
背後の控えに目配せをした。
控えが城門の内側へ消える。
わずかな静寂。
王城の壁は、
近くで見ると石の一つ一つが大きい。
圧迫感ではない。
ただ、
逃げ場のなさを感じさせる。
やがて、
内側から足音が響いた。
鎧の音。
規則正しく、
硬い。
門が、
ゆっくりと開く。
中は広い石畳の通路だった。
正面奥に、
さらに内門が見える。
「案内する」
現れたのは、
騎士団の紋章を付けた男だった。
背は高く、
無駄のない立ち姿。
視線が鋭い。
「……ずいぶん歓迎が堅いな」
ライナスが小さく呟くと、
ドゥリアが肘でつついた。
「今さら冗談言う?」
「癖だ」
騎士は振り返らない。
だが、
聞こえているはずだ。
通路を進む。
左右には整列した兵士たち。
無言。
視線だけが動く。
混成の一行を、
値踏みするように。
やがて、
通路が開けた。
石造りの広い中庭。
中央には訓練用と思しき円形の空間がある。
砂が敷かれ、
周囲には観覧用の段差。
「……謁見室じゃないのか?」
ネレウスが静かに言う。
案内の騎士が、
そこで初めて足を止めた。
「予定が変わった」
振り向いたその目は、
冷たい。
「その前に、
力量を確かめる必要がある」
空気が、
わずかに張り詰めた。
段差の上に、
数人の騎士が立っている。
その中央。
豪奢ではないが質の良い鎧を着た男が、
腕を組んでいた。
年は三十代後半ほど。
堂々とした体躯。
「騎士団副団長、
ガルディアだ」
名乗りもなく、
自ら告げる。
「魚人の問題を解決したと聞いた」
「事実だ」
ライナスが答える。
ガルディアは、
鼻で笑った。
「他種族の寄せ集めが、
王都の問題にも口を出すつもりか?」
ドゥリアが、
眉をひそめる。
「口は出してないよ」
「呼ばれたから来ただけ」
「呼ばれた、だと?」
副団長の声が、
わずかに強まる。
「王の御前に立つ者は、
王都の名誉に値する者のみだ」
「貴様らがそれに値するか、
俺が確かめる」
リシアが一歩前に出かけた。
だが、
ライナスが手で制した。
「確かめる、
って?」
副団長は、
腰の剣に手をかける。
「決闘だ」
周囲が、
ざわめいた。
「副団長」
横から、
年配の騎士が声をかける。
「団長の許可なく――」
「団長は止めるだろう」
ガルディアは遮る。
「だが、
俺は止まらん」
視線が、
真っ直ぐにライナスを射抜く。
「貴様が代表だな」
「そうなるな」
「ならば、
来い」
ライナスは、
ゆっくりと剣の柄に触れた。
仲間を見る。
ドゥリアは、
不満そうに頬を膨らませ。
フィリアは、
静かに息を整え。
ネレウスは、
目を閉じて一度頷く。
リシアは、
小さくため息をついた。
「ほどほどにね」
「無理だな」
ライナスは、
砂の円へと歩み出た。
副団長も、
対面に立つ。
距離、
十歩。
風が、
わずかに吹いた。
「始め!」
合図と同時に、
副団長が踏み込む。
速い。
重い鎧にもかかわらず、
一気に間合いを詰める。
上段からの斬撃。
正面から受ければ、
弾き飛ばされる。
ライナスは、
半歩だけ斜めに退いた。
刃が砂を抉る。
すぐに横薙ぎ。
連撃。
力任せではない。
訓練された軌道。
「……本気だな」
ライナスは、
短く息を吐く。
副団長の剣は重い。
受け流しても、
腕に痺れが残る。
三合、
四合。
砂が舞う。
副団長は止まらない。
「逃げるだけか!」
「逃げてない」
ライナスは、
地面を蹴る。
あえて一歩、
後退。
副団長が追う。
円の端へと、
追い込まれる形になる。
段差の上で、
誰かが笑った。
「押している」
だが、
リシアは視線を細めた。
「……違う」
副団長が、
大きく踏み込む。
全体重を乗せた一撃。
ライナスは、
剣で受けず。
身を沈め、
刃の下を滑り抜けた。
すれ違いざま、
副団長の脇腹へ浅い一閃。
鎧に傷。
だが、
止まらない。
副団長は即座に肘で打ち、
距離を取り直す。
「小細工を」
「地形利用だ」
ライナスは、
砂を軽く蹴る。
足元の砂は、
踏み固められている場所と、
柔らかい場所がある。
副団長の踏み込みは、
常に同じ軌道。
力が強い分、
重心が前に寄る。
次の瞬間。
ライナスは、
わざと大きく体勢を崩した。
副団長の目が光る。
好機と見たのだろう。
一直線に突き。
だが、
その足が沈む。
柔らかい砂。
ほんのわずか、
重心が流れた。
その一瞬。
ライナスは、
踏み込む。
副団長の懐へ。
柄で剣を弾き、
体を回転させ。
喉元へ、
刃を突きつけた。
止まる。
風の音だけが、
中庭を横切る。
副団長の呼吸が、
荒い。
一歩でも動けば、
刃が食い込む距離。
「……勝負ありだな」
ライナスが言う。
その瞬間。
「そこまでだ」
低く、
しかしはっきりとした声が響いた。
中庭の奥。
いつの間にか、
数名の側近を従えた男が立っている。
豪奢ではない。
だが、
誰よりも場を支配する立ち姿。
王だった。
副団長の喉元に突きつけられた剣を、
王は静かに見つめる。
その目は、
怒りでも驚きでもない。
測る目だった。
「十分だ」
王が、
そう告げる。
ライナスは、
刃を引いた。
副団長は一瞬だけ睨み、
やがて膝をつく。
「……未熟でした」
王は、
軽く頷いた。
「相手の力量を見誤るのは、
騎士として恥だ」
視線が、
ライナスへ移る。
「見事な読みだった」
それだけ言い、
王は踵を返す。
「来い。
今度こそ、謁見だ」
中庭の空気が、
ようやく動き出した。




