第三章 第三節 第七話 謁見の日の朝
王都の朝は、
静かだった。
夜のうちに降りた露が、
石畳に薄く残り、
空気はひんやりとしている。
窓を開けると、
遠くで鐘の音が一度だけ鳴った。
決まった時刻に、
決まった回数。
それだけで、
この街がどれほど秩序を重んじているかが分かる。
「……朝か」
ライナスは、
軽く背伸びをした。
いつも通りのはずなのに、
体が少しだけ重い。
緊張している、
というほどではない。
だが、
何も考えていないわけでもない。
「おはよう」
背後から、
フィリアの声がした。
「早いね」
「目、覚めちゃって」
フィリアはそう言って、
窓の外を見た。
「王都の朝って、
きれいだね」
「そうか?」
「うん。
整いすぎてるけど」
ライナスは苦笑した。
「それ、
昨日も言ってたな」
「言いたくなる街なんだと思う」
フィリアは、
どこか曖昧に笑った。
―――
食堂に降りると、
すでに全員が揃っていた。
ネレウスは静かに茶を飲み、
ドゥリアはパンをかじり、
リシアは資料のような紙束を広げている。
「……朝からそれ?」
ライナスが言うと、
リシアは顔を上げずに答えた。
「確認してるだけ」
「何を?」
「王都の地図。
城までの経路」
「迷う気か?」
「迷わないためよ」
ドゥリアが、
口いっぱいにパンを詰めたまま言う。
「ねえねえ、
王様ってどんな人なんだろ」
「さあな」
ライナスは肩をすくめる。
「俺たちが知ってるのは、
名前と立場くらいだ」
「怖い人?」
「優しい人?」
「偉そうな人?」
ドゥリアは、
次々に並べる。
ネレウスが、
穏やかに口を挟んだ。
「少なくとも、
簡単に会える相手ではない」
「それは分かる」
ライナスは頷いた。
「だから、
今日も別に特別なことはしない」
「呼ばれたから行く。
聞かれたら答える」
「それだけだ」
リシアが、
ようやく顔を上げた。
「変に構えない方がいいわ」
「王城は、
緊張してる人間を好まない」
「そういうものか?」
「そういうもの」
断言だった。
ドゥリアが、
少しにやっとする。
「なんかさ」
「こうしてると、
普通の依頼前みたいだね」
「高額報酬で、
失敗するとヤバいやつな」
ライナスが言うと、
全員が小さく笑った。
その笑いは、
作ったものではない。
―――
宿を出る頃には、
王都はすっかり目を覚ましていた。
人々は忙しなく行き交い、
商人は店を開け、
兵士たちは決まった位置に立つ。
「視線、
多くない?」
ドゥリアが、
小声で言う。
「気のせいじゃない」
フィリアが答える。
「でも、
嫌な感じじゃない」
好奇心。
無関心。
少しの警戒。
それらが、
入り混じっている。
「珍しい混成パーティー、
ってだけだろ」
ライナスは、
あくまで軽く言った。
「王都じゃ、
毎日珍しいものが通る」
「その中の一つだ」
ネレウスは、
王城の方向を見た。
城は、
街のどこからでも見える。
高く、
白く、
圧倒的だ。
「……近くで見ると、
でかいな」
ドゥリアが、
率直に言う。
「威圧感があるわね」
リシアが続ける。
「見せるための城。
守るためでもあるけど」
「どっちが主なんだろ」
フィリアの呟きに、
誰もすぐには答えなかった。
―――
王城へ続く通りは、
他よりも静かだった。
露店は少なく、
人の流れも整理されている。
兵士が、
一定の間隔で立っている。
無言で。
だが、
目は鋭い。
「……なるほど」
ライナスは、
小さく息を吐いた。
「ここまで来ると、
さすがに冗談言いにくいな」
「今さら?」
ドゥリアが言う。
「今さらだよ」
「ここで転んだら、
笑い話じゃ済まなそうだ」
「それは、
どこでも一緒でしょ」
フィリアが、
くすっと笑う。
城門が、
見えてきた。
巨大な扉。
装飾は控えめだが、
存在感が異様に強い。
門の前には、
兵士が二人。
その背後には、
さらに控えがいる。
「……止まるか」
ライナスは、
足を止めた。
「ここまでだな」
「緊張してる?」
ドゥリアが聞く。
「少しだけ」
正直な答えだった。
「でも、
逃げたいわけじゃない」
ネレウスが、
静かに頷く。
「それでいい」
「今日、
ここに来た意味は一つだ」
「会って、
話す」
「それだけ」
門前で、
兵士の視線が集まる。
名前を告げれば、
中へ通される。
その先に何があるかは、
まだ分からない。
ライナスは、
一度だけ仲間を見回した。
全員、
いつも通りだった。
少しの緊張と、
少しの冗談と、
変わらない立ち位置。
「……行こう」
そう言って、
一歩踏み出す。
王城の影が、
彼らを覆った。
だが、
まだ扉は開いていない。
謁見は、
これからだ。




