第三章 第三節 第六話 静かすぎる街
王都の夜は、
不思議なほど穏やかだった。
昼間の喧噪が嘘のように、
通りは整い、
人の声も控えめになる。
酒場はある。
灯りも多い。
それなのに、
騒がしさが無い。
「……王都って、
夜の方が静かなんだな」
ライナスが、
窓辺に寄りかかりながら言った。
「普通は逆じゃない?」
ドゥリアが首を傾げる。
「港町とか、
夜の方がうるさかったよ」
「仕事が終わって、
溜まったものを吐き出す時間だからね」
リシアが答える。
「王都は……
吐き出す前に、
抑え込まれてる感じ」
「抑え込まれてる?」
「ええ」
リシアは、
通りを歩く人々に視線を向ける。
笑っている者はいる。
談笑もある。
だが、
声が大きくならない。
不満が、
冗談にすらならない。
「言葉を選んでる、
って感じがする」
「聞かれて困ることを、
最初から言わない街」
フィリアは、
小さく息を吐いた。
「……安心と引き換えに、
本音を置いてきたみたい」
ネレウスは、
その様子を静かに見ていた。
「魚人の国とは、
真逆だな」
「あそこは、
誇りが前に出すぎてた」
「ここは……
誇りすら、
しまい込んでいる」
ーーー
その頃。
宿の一階奥、
人目につかない小部屋。
港町のギルド長は、
一人で酒を口にしていた。
手元の杯には、
ほとんど手をつけていない。
「……変だ」
低く、
独り言のように呟く。
王都のギルドとも、
すでに話は通してある。
謁見の日程も、
異例の速さで決まった。
それ自体が、
異常だ。
「早すぎる」
「だが、
誰も疑問に思っていない」
ギルド長は、
昼間の光景を思い出す。
貴族たち。
冒険者たち。
役人たち。
誰もが、
決まった反応しかしない。
ベルクの件。
本来なら、
貴族社会を揺るがすはずの事件。
それなのに、
声を荒げる者がいない。
「……静まり返りすぎだ」
王都では、
権力争いが常だ。
少しの失点でも、
噛みつく者が出る。
それが、
当たり前だった。
「王が抑えているのか」
「……それとも」
ギルド長は、
杯を置いた。
「抑える必要が、
最初から無いのか」
ーーー
夜更け。
ライナスたちは、
宿の食堂に集まっていた。
軽い食事。
温いスープ。
誰も、
積極的に話さない。
「……なあ」
ライナスが、
沈黙を破る。
「王に会うってさ」
「俺たち、
何を聞かれると思う?」
ドゥリアが、
スプーンを止める。
「魚人の国のこと?」
「ベルクのこと?」
「それとも……」
言葉が、
そこで途切れる。
リシアが、
淡々と答える。
「全部よ」
「ただし、
私たちが話す内容じゃない」
「王が、
何を“聞きたいか”が問題」
「聞きたい?」
フィリアが、
首を傾げる。
「真実じゃない、
ってこと?」
「真実の中から、
都合のいい部分だけ」
リシアは、
そう言った。
ネレウスが、
静かに続ける。
「魚人の国で起きたことは、
本来、
種族間の隔たりを埋める話だ」
「だが、
王都はそれをどう扱うか」
ーーー
同じ頃。
ギルド長は、
王都の夜道を歩いていた。
王城の方向を、
無意識に避けながら。
「……王は、
王位につく前は
こんなことを好む男じゃなかった」
それが、
一番の違和感だった。
ギルド長は、
過去に何度も謁見している。
王位につく前の王は、
決して、
温厚なだけの男ではない。
意見があれば、
正面からぶつけてくる。
不都合な話ほど、
逃げずに聞いた。
「なのに……」
今回は、
何もかもが整いすぎている。
反対意見が無い。
批判も無い。
「準備された静けさだ」
ギルド長は、
確信に近いものを感じていた。
誰かが、
王都全体を
“待ち”の状態にしている。
それは、
王自身か。
王の側にいる、
誰かなのか。
ーーー
深夜。
宿の部屋。
ライナスは、
一人で窓の外を見ていた。
灯りの並ぶ街。
整然とした屋根。
「……ここ、
変だな」
誰にともなく、
そう呟く。
魚人の国では、
怒りも悲しみも、
全部、表に出ていた。
だから、
救うべきものが
はっきり見えた。
「でも、
ここは……」
何を救えばいいのか、
分からない。
フィリアが、
背後から声をかけた。
「眠れない?」
「ああ」
「……不安?」
ライナスは、
少し考えてから答えた。
「不安っていうより……」
「嫌な予感」
フィリアは、
それ以上聞かなかった。
ただ、
静かに隣に立つ。
王都は、
何も起きていない。
だが、
それが一番、
おかしかった。
明日、
王に会う。
その時、
この静けさの正体が、
はっきりする。
ライナスは、
そう感じていた。
静かすぎる街は、
嵐を待っている。
その中心にいるのが、
誰なのか。
まだ、
誰も知らなかった。




