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ガイア戦記 ― 歪められた世界の選択  作者: マロン
第三章 疑念の世界

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第三章 第二節 第七話 水のドラゴンの神殿

神殿は、

近づくほどに、

水の気配が重くなっていった。


澄んでいるのではない。

透き通っているように見えるだけで、

その奥に、

淀みが溜まっている。


水が、

呼吸をしていない。


「……変だな」


フィリアが、

小さく言った。


「音が、ない」


確かにそうだった。

流れているはずの水が、

音を立てていない。


滴も、

波紋も、

存在していない。


ただ、

そこに“ある”。


「水が……止まってる」


ドゥリアが、

不安そうに呟く。


ネレウスは、

神殿の入り口を見つめたまま、

低く息を吐いた。


「……ここは、

水のドラゴンの神殿だ」


誰も、

口を挟まなかった。


ネレウスが、

こうして言葉を選ぶときは、

魚人にとっても、

重い意味を持つ。


「水のドラゴンは、

魚人にとって、

信仰そのものだ」


「王よりも古く、

国よりも長く、

この海を見てきた存在」


「そして――」


ネレウスは、

一歩、

神殿の中へ踏み出す。


「この奥に、

魚王の鱗が祀られている」


リシアが、

視線を細めた。


「魚王の鱗……」


「魚人の中でも、

限られた者しか、

触れることを許されない」


ネレウスは、

淡々と続ける。


「象徴だ」


「誇りの証であり、

選ばれた者の証明」


それ以上は、

語らなかった。


語られない部分が、

重く残る。


神殿の内部は、

想像以上に広かった。


水路が張り巡らされ、

天井からは、

淡い光が差し込んでいる。


だが、

美しさよりも先に、

違和感があった。


壁に刻まれた文様。

彫刻。

祈りの痕跡。


どれもが、

“古い”。


更新されていない。

積み重なっているのに、

変化していない。


「……ここ、

時間が止まってるみたい」


ドゥリアが、

ぽつりと言った。


その言葉は、

正しかった。


前に進むほど、

水の濁りは、

はっきりと感じ取れる。


透明なのに、

重い。


触れれば、

沈む。


「……嫌な感じだ」


ライナスは、

剣に手をかけた。


敵の気配ではない。

だが、

安全でもない。


神殿の最奥。


そこに、

祀られているはずのもの。


台座は、

空だった。


「……ない」


ネレウスの声が、

わずかに揺れた。


祀られていたはずの場所には、

何もない。


代わりに、

床に残る、

引きずられた痕跡。


そして――


「やっぱり、

来たか」


背後から、

声がした。


振り返る。


水路の向こう。

柱の影から、

ゆっくりと姿を現す者。


魚人の若者。


だが、

その目は、

明らかに異質だった。


赤い。


魔物のそれと、

同じ色。


「……エイリオン」


ネレウスが、

名を呼ぶ。


その瞬間、

エイリオンの口元が歪んだ。


「その呼び方、

やめろ」


「今のお前が、

俺をそう呼ぶ資格はない」


空気が、

一気に張りつめる。


「魚王の鱗は、

どうした」


ネレウスの問いに、

エイリオンは、

肩をすくめた。


「持って行った」


「必要だったからな」


「……お前が?」


ネレウスの声が、

低くなる。


エイリオンは、

鼻で笑った。


「そうだ」


「才能だけで、

すべてを手に入れる

お前とは違う」


その言葉に、

ネレウスの表情が、

僅かに歪んだ。


「……いつもそうだ」


エイリオンは、

感情を抑えることなく、

吐き出す。


「努力しても、

努力しても」


「生まれ持った才能が、

全部を奪っていく」


「俺が、

どれだけ積み重ねたか、

誰も見ていない」


「この国もそうだ」


「古いしきたりを押し付けて、

出来損ない扱いだ」


「誇り?

笑わせるな」


「腐った誇りで、

自分たちを縛ってるだけだ」


ライナスが、

一歩前に出る。


「だから、

国を滅ぼすのか」


エイリオンは、

その問いに、

即座に答えた。


「違う」


「滅びるのは、

結果だ」


「魔王様が、

言っていた」


その言葉に、

全員が反応した。


「……魔王?」


リシアが、

息を飲む。


「魔王……様?」


フィリアが、

声を震わせる。


エイリオンは、

楽しそうに笑った。


「そうだ」


「お前たちは、

何も知らない」


「魔王様は言った」


「お前は悪くない」


「才能に潰された者は、

救われるべきだと」


「俺は、

認められた」


「だから――」


次の瞬間。


水が、

爆ぜた。


エイリオンの動きは、

速すぎた。


衝撃が、

ライナスたちを襲う。


剣を振るう間もなく、

魔法を展開する間もなく、

一撃で弾き飛ばされる。


ドゥリアのゴーレムが、

前に出る。


だが、

正面から叩き潰された。


フィリアの回復が、

間に合わない。


リシアの魔法陣が、

完成する前に、

崩される。


ネレウスが、

水を操る。


だが、

エイリオンの水は、

それを上回った。


「……弱いな」


エイリオンは、

淡々と言った。


「連携?

技術?」


「そんなもの、

意味はない」


最後に、

ライナスが立っていた。


膝をつきながらも、

剣を支えに、

立ち上がる。


「……まだだ」


その声は、

震えていなかった。


エイリオンは、

一瞬だけ、

驚いたように目を細める。


「……その目」


「嫌いじゃない」


だが、

次の一撃で、

ライナスは地に伏した。


全員が、

動けない。


息も、

ままならない。


エイリオンは、

倒れた彼らを見下ろし、

静かに言った。


「ここで、

見ていろ」


「この国が、

朽ちていくのを」


「水が濁り、

誇りが砕け、

誰も救えずに

滅びていく姿を」


「生きたまま、

苦しみながらな」


「何も出来ないまま、

一緒に滅びろ」


そう言い残し、

エイリオンは、

水路の奥へと消えた。


残されたのは、

濁った水と、

動けない五人。


神殿は、

静まり返っていた。


水のドラゴンの神殿で。


滅びの予兆だけを残して。

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