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ガイア戦記 ― 歪められた世界の選択  作者: マロン
第三章 疑念の世界

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第三章 第二節 第一話 閉ざされた水の国

港を出たのは、

翌朝だった。


空は薄曇り。

潮の匂いだけが、

昨日までと同じだった。


「……ほんとに、

行くんだよね」


ドゥリアが、

甲板の端で小さく言った。


足元の板は、

まだ新しい。


今回の船は、

ギルドの手配だ。


港の依頼が一区切りついた直後、

ギルド長は多くを語らず、

船だけを用意した。


それが、

答えだった。


「行く」


ネレウスが、

短く答えた。


その声は、

いつもより硬い。


「魚人の国は、

遠い」


「距離だけの話じゃないわね」


フィリアが、

水平線の向こうを見つめる。


「行けば、

簡単には戻れない」


「……閉じた国だものね」


リシアが言う。


軽い口調だが、

視線は鋭い。


「歓迎される可能性は、

低い」


ライナスは、

帆を見上げたまま言った。


「それでも、

行く理由はある」


船が、

ゆっくりと動き出す。


港の喧噪が、

少しずつ遠ざかる。


人の声が消え、

代わりに、

水と風の音だけが残った。


ーーー


一日目。


船は順調だった。


風向きもいい。

波も穏やか。


だが、

空気は張りつめたままだ。


港の調査は終わった。

依頼も、果たした。


それでも、

原因は残っている。


紫の欠片。

魚の魔物。

水に適応した、

異質な魔族化。


すべてが、

海の向こうに続いている。


「……ネレウス」


夕刻、

ライナスが声をかけた。


「魚人の国って、

どんなところだ」


ネレウスは、

すぐには答えなかった。


海を見つめ、

しばらくしてから口を開く。


「……閉じている」


「外の世界を、

必要としない」


「外に出た者も、

例外じゃない」


「お前は?」


リシアが、

横から問う。


ネレウスの目が、

わずかに揺れた。


「……俺は、

命令で外に出た」


「追放じゃない」


言い切るような口調。


だが、

その言葉の裏にある重さを、

誰もが感じ取っていた。


フィリアは、

静かにうなずくだけに留めた。


下手な慰めは、

逆効果だと知っている。


ーーー


二日目。


波が高くなった。


空は低く、

風が冷たい。


帆を絞り、

船は速度を落とす。


潮の匂いが、

変わった。


塩気が薄れ、

湿った岩と、

深い水の匂いが混じる。


「……海の匂い、

変わったね」


ドゥリアが、

小さく鼻を動かす。


「変わる」


ネレウスが答える。


「水の流れが変われば、

海は別の顔になる」


「ここから先は?」


ライナスが聞く。


「……水の道だ」


ネレウスは、

遠くを見据えた。


「魚人の国へ続く、

特定の海流がある」


「外の船が、

偶然辿り着ける場所じゃない」


リシアが、

眉を上げる。


「つまり、

あなたがいなければ

辿り着けなかった?」


「辿り着けない」


ネレウスは即答した。


「迷えば、

戻れない場所もある」


ドゥリアが、

思わず息を飲む。


「……こわ」


「怖いなら、

今のうちに言いなさい」


リシアが、

冗談めかして言った。


ドゥリアは、

すぐに首を振る。


「こわいけど、

いく」


「水が変だったら、

みんな困るもん」


幼いが、

迷いのない言葉だった。


ライナスは、

小さく目を細める。


ーーー


三日目。


夜の海。


月は雲に隠れ、

星も見えない。


世界が、

闇に沈んだようだった。


船のきしむ音と、

水音だけが響く。


眠れない夜。


ドゥリアは、

毛布にくるまりながら、

小さく丸まっている。


フィリアは、

その隣で静かに見守っていた。


リシアは、

甲板の端に立ち、

海を見下ろしている。


「……考えてる?」


ライナスが、

隣に立って聞いた。


リシアは、

すぐには答えない。


少し間を置いて、

口を開く。


「魚人が関わっているなら、

相当厄介よ」


「水を知り、

水を操る」


「しかも、

水に触れずに

水を汚せる存在」


「……ベルクに渡された結晶も、

海用に精製されてた」


ライナスは、

短くうなずく。


「魚の魔物の中にも、

大きな欠片が

埋め込まれていた」


「ええ」


リシアは言う。


「魔族のなり損ないのときに見たものと、

質が同じ」


「同じ根から、

伸びている」


「……でも」


リシアは、

慎重に言葉を選ぶ。


「魚人の国が

すべての元凶とは限らない」


「利用されている可能性もある」


「利用……」


ライナスが、

小さく繰り返す。


そのとき、

ネレウスが近づいてきた。


「……もしそうなら、

なおさら厄介だ」


「魚人は、

誇りを傷つけられると

視野が狭くなる」


リシアが、

皮肉めいた笑みを浮かべる。


「あなたも?」


ネレウスは、

一瞬だけ黙り、

そして言った。


「俺は……

そうならないために、

外に出た」


否定も肯定もせず、

その言葉だけが残った。


ーーー


四日目。


朝から、

霧が出ていた。


視界は狭く、

海と空の境界が曖昧になる。


波音が近く、

水の気配が濃い。


ネレウスが、

舵を握る手に力を込める。


「……もうすぐだ」


その一言で、

船内の空気が引き締まった。


閉ざされた水の国。


魚人の国は、

もうすぐそこにある。

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