第三章 第一節 第七話 紫に脈打つもの
夜のベルク邸は、
静まり返っていた。
灯りは少なく、
人の気配も薄い。
高い塀に囲まれた屋敷は、
外から見れば
何も起きていないように見える。
「……妙に、
静かだな」
ライナスが、
小さく言った。
「警戒していない、
というより……」
リシアは、
言葉を濁す。
「疑われるとは
思っていない、
そんな感じね」
裏手の倉庫。
使われていないように見える扉は、
鍵すらかかっていなかった。
ドゥリアが、
そっと押す。
「……開く」
中は、
埃の匂いがした。
古い木箱。
使われていない樽。
だが、
奥へ進むにつれて、
空気が変わる。
湿り気。
冷たさ。
床の隙間から、
かすかな水音。
「……下だ」
ネレウスが、
低く言った。
「水の流れがある」
「屋敷の下に、
通ってる」
床板を外すと、
地下へ続く階段が現れた。
誰も、
言葉を発さない。
慎重に、
階段を下りる。
石造りの地下倉庫。
壁際には、
布で覆われた棚が並んでいた。
フィリアが、
足を止める。
「……これ」
布をめくると、
小箱がいくつも並んでいる。
中には――
紫色の欠片。
「……紫結晶」
リシアが、
即座に判断した。
「しかも……」
一つ手に取り、
目を細める。
「魔族のなり損ないで
見たものと、
同じ系統」
「でも、
作りが違う」
ネレウスが、
水路を見てから言った。
「水に、
反応してる」
「これは……
海で使う前提だ」
「精製されてるわ」
リシアが、
はっきりと言う。
「水中で拡散するように」
「陸用じゃない」
ドゥリアが、
小さく呟く。
「……やな感じ」
そのとき。
――コツ。
背後で、
音がした。
全員が、
一斉に振り向く。
そこにいたのは――
ベルクだった。
顔には、
歪んだ笑み。
「……やはり来たか」
「ギルドの犬どもが、
嗅ぎ付けたな」
ライナスが、
一歩前に出る。
「説明してもらう」
「これは何だ」
紫結晶を示す。
ベルクは、
鼻で笑った。
「知る必要はない」
「だが……」
その視線が、
ゆっくりと
地下の奥へ向く。
「もう遅い」
ベルクは、
声を張り上げた。
「……こいつらは強いぞ」
「こいつらが
お前たちの相手だ」
「やれ!」
次の瞬間。
水音が、
地下に響いた。
水路から、
影が跳ね上がる。
二つ。
二足で立つ、
魚の魔物。
濡れた鱗。
異様に整った体躯。
その胸元には、
魔族のなり損ないよりも
はるかに大きな
紫結晶が、
深く埋め込まれていた。
脈打つように、
光る。
「……っ!」
フィリアが、
息を呑む。
「生体に、
直接埋め込まれてる……」
ベルクは、
魔物に向かって
叫ぶ。
「俺は守られているんだ!」
「こいつらが
お前たちの相手だ!」
だが――
次の瞬間。
魚型の魔物の一体が、
無言で腕を伸ばし、
ベルクを突き飛ばした。
「――ぐっ!?」
床に倒れ込むベルク。
「な……
なんで……?」
魔物は、
ゆっくりと口を開く。
「俺たちは、
お前を守るように
言われている」
低く、
濁った声。
「だが、
お前の命令は受けない」
「お前は――」
魔物の視線が、
ベルクに向く。
「監視対象だ」
ベルクは、
それ以上、
言葉を失った。
二体の魚型魔物が、
同時に前へ出る。
紫結晶が、
強く脈打つ。
「……来るぞ」
ライナスが、
剣を構えた。
ここから先は、
退けなかった。




