第三章 第一節 第六話 消された声、残された違和感
夜のギルドは、
昼間とは別の静けさを持っていた。
灯りは落とされ、
廊下に響くのは足音だけ。
ライナスたちは、
ギルド長に先導されて
地下へと向かっていた。
「本来なら、
貴族絡みの揉め事に
冒険者を巻き込むべきじゃない」
ギルド長は、
歩きながら低く言う。
「だが今回は、
港の異変と魔物の増加、
それに兵士の動きが
無視できない」
「迷っている間に
被害が広がるのは、
もう見た」
その言い方は、
淡々としていた。
だが、
責任の重さが滲んでいた。
ライナスは
一度だけ頷いた。
「だから、
今夜のうちに確保した」
ギルド長が続ける。
「捕まえた連中は、
全部で五人だ」
「港に立っていた見張りが三人」
「紫の欠片を扱っていた
本命が二人」
リシアが、
小さく息を吐く。
「分担してる。
組織の動きね」
ネレウスが、
眉をひそめた。
「海の近くで
そんなことをする理由が
見えない」
「だから、
追う価値がある」
ギルド長が言う。
ドゥリアは、
不安そうに
ライナスの袖を掴んだ。
「……ねえ」
「これ、
こわいこと?」
フィリアが
しゃがんで目線を合わせる。
「怖いかもしれない」
「でも、
私たちは一緒だよ」
ドゥリアは
小さく頷く。
「……うん」
ーーー
地下牢の前。
鉄格子の向こうに、
人影が五つ並んでいた。
壁にもたれ、
座り込み、
目を閉じている者もいる。
ギルド側の見張りは二名。
「問題は起きてません」
見張りの一人が、
小声で報告した。
「こいつらは
口を開きませんが、
暴れる様子もないです」
「今夜は拘束だけだ」
ギルド長が言う。
「朝、
正式に尋問する」
兵士の一人が、
薄く笑った。
「……朝、ね」
リシアが、
その声を聞き逃さない。
だが、
何も言わなかった。
ここで刺激しても
得はない。
ライナスも、
剣に手をかけず
まっすぐ見つめるだけだった。
「余計なことはするな」
ギルド長が
見張りに告げる。
「鍵は二重にしろ」
「交代の刻も
記録しておけ」
「はい」
見張り二名が
同時に頷いた。
ーーー
翌朝。
地下へ続く階段を下りる途中から、
空気が違った。
湿った匂いの中に、
薄い鉄の匂いが混じっている。
ギルド長の足が速くなる。
「……おかしい」
誰かが言ったわけじゃない。
全員が
そう感じた。
牢の前。
扉は、
開いていた。
鍵が、
外れていた。
壊された形跡はない。
「……ありえない」
ギルド長が
低く呟く。
中に入る。
次の瞬間、
フィリアが息を呑んだ。
床には、
倒れた人影。
鉄格子の内側に
兵士が五人。
外側に
見張りだったギルド職員が二人。
誰も、
動いていない。
フィリアが
駆け寄り、脈を取る。
「……全員、
亡くなっています」
声が震えた。
ドゥリアが
フィリアの背に隠れる。
「……ねえ」
「どうして……?」
リシアが
屈み込み、目を細める。
「外傷なし」
「毒の匂いもない」
ネレウスが
床を見つめた。
「争った跡がない」
「……眠るみたいだ」
ライナスは
拳を握った。
「口を塞がれた」
リシアが
冷たく言い切る。
「話す前に
消されたのよ」
ギルド長が
深く息を吐く。
「兵士五名」
「見張り二名」
「計七名」
「一晩で
全員だ」
フィリアが
唇を噛む。
「ひどい……」
「こんなこと、
していいわけない」
ネレウスが
静かに言った。
「消すなら
理由がある」
「理由があるほど
上がいる」
ライナスが
顔を上げる。
「……ベルクだ」
リシアが
頷く。
「兵士の主」
「そして、
この口封じは
ただの貴族には
できない」
「でも、
行くしかない」
ーーー
昼。
ロイス・ベルクの屋敷。
門前で、
衛兵が腕を交差させた。
「本日は面会の予定は――」
「港の治安案件だ」
ギルド長が
低く遮った。
「私兵が関与し、
今朝、牢で七名が死亡している」
「説明責任がある」
衛兵の顔色が変わる。
「……少々、
お待ちを」
門が閉じる。
沈黙。
しばらくして、
門が開いた。
「お通しします」
ギルド長が先に歩き、
五人が続く。
応接室。
ベルクは
椅子に深く腰掛けていた。
四十を過ぎた頃の顔。
小太りで、
指輪がよく目立つ。
目つきだけが、
妙に鋭い。
「……騒がしいな」
「ギルドが
貴族の屋敷に踏み込むとは」
ギルド長は
一歩も引かない。
「踏み込まれたのは港だ」
「あなたの兵が
夜中に港で
紫の欠片を流していた」
ベルクは
鼻で笑った。
「知らんな」
「兵の独断だろう」
「私は忙しい」
「その兵士五名と、
見張り二名が
今朝牢で死んだ」
ギルド長が言う。
ベルクの目が
一瞬だけ揺れた。
だが、
すぐに肩をすくめる。
「死んだなら
それまでだ」
「私に
どうしろと?」
フィリアが
声を荒げた。
「あなたの兵よ!」
「人が死んでるのよ!」
ベルクは
冷ややかに言った。
「感情論だな」
「証拠はあるのか?」
リシアが
一歩前に出る。
「証言は
取る前に消された」
「つまり、
消した者がいる」
「あなたの兵が
関わっていた以上、
あなたも無関係ではない」
ベルクは
笑った。
「推測か」
「推測で
貴族を疑うのか?」
ライナスが
静かに言う。
「随分と
人が死ぬことに慣れてる」
ベルクの眉が
ぴくりと動く。
「口を慎め」
「私は
港を治める貴族だ」
リシアが
冷たく返す。
「港を治めるなら、
港で起きた死の責任も
治めるべきね」
ベルクは
苛立ちを隠さず
手を振った。
「帰れ」
「ギルド長、
これ以上は
時間の無駄だ」
「令状でも持って来い」
ーーー
屋敷を出ると、
空が妙に明るかった。
その明るさが、
逆に気持ち悪い。
「……表からは
無理だね」
ドゥリアが
小さく言った。
リシアが
淡々と結論を出す。
「ええ」
「でも、
中に何かある」
ネレウスが
屋敷を振り返る。
「水の流れが
不自然だ」
「ここから
何かが出てる」
ライナスは
決めた。
「夜だ」
「中を
見る」
ギルド長は
一歩だけ前に出て、
そこで止まった。
「……ここから先は
私は同行できん」
「だが、
戻ってきたら」
「見なかったことには
しない」
それが
最大限の支援だった。
五人は
静かにうなずく。
後戻りは、
もうできない。
それでも。
真実は
屋敷の中にあると
分かっていた。




