第三章 第一節 第五話 夜に動く者たち
港の夜は、
静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、
波の音だけが残っている。
灯りは少なく、
人影もない。
「……来るなら、
この時間だ」
ライナスが、
低く言った。
「漁師の話と、
辻褄が合う」
五人は、
港の外れに身を潜めていた。
杭の影。
倉庫の壁。
積まれた木箱の裏。
それぞれが、
視界を分担する。
「刺激しない」
リシアが、
小さく念を押す。
「騒げば、
逃げられる」
「確保が優先よ」
ネレウスが、
ゆっくりとうなずいた。
「水の流れも、
乱さない方がいい」
「余計な動きは、
気づかれる」
時間だけが、
過ぎていく。
やがて。
「……来た」
ドゥリアの、
小さな声。
港の入り口から、
人影が三つ。
鎧は簡素。
だが、
歩き方に迷いがない。
「兵士だな」
ライナスが、
視線を細める。
「数は、
三」
「足りない」
リシアが、
即座に判断する。
「見張り役だけ」
「本命は、
後から来る」
人影は、
周囲を警戒しながら、
港の外れへ向かう。
紫がかった袋を、
一つ持っていた。
「……やっぱり」
フィリアが、
息を潜める。
兵士の一人が、
杭のそばにしゃがみ込む。
袋の口を開け、
中身を確かめる。
紫色の欠片。
「間違いない」
ドゥリアが、
歯を食いしばる。
「あの時の、
魔族のなり損ないの……」
「カスだ」
ライナスが、
言葉を継ぐ。
兵士は、
欠片を海に投げ入れようとした。
「今だ」
ライナスの声は、
低く、短い。
ネレウスが、
一歩踏み出す。
水が、
足元から立ち上がり、
兵士の足を絡め取った。
「なっ――」
声を上げる前に、
ドゥリアのゴーレムが、
背後から地面を叩く。
衝撃。
兵士たちは、
一斉に体勢を崩した。
「動くな」
ライナスが、
剣を抜かずに前に出る。
「声を出せば、
そのまま沈める」
ネレウスの水が、
兵士の喉元で揺れた。
抵抗は、
なかった。
「……命令だ」
捕えられた兵士の一人が、
震える声で言う。
「俺たちは、
言われた通りに……」
「誰に?」
リシアが、
静かに問う。
「ロイス・ベルク卿だ」
その名が出た瞬間、
空気が張りつめる。
「港を治める、
あの貴族か」
「……海に流せと、
言われただけだ」
「理由は、
聞いていない」
「漁ができなくなれば、
困るだろうと……」
言葉は、
尻すぼみになる。
「結晶の正体は?」
フィリアが、
問いかける。
兵士は、
首を横に振った。
「分からない」
「渡された」
「指示された」
それだけだ。
「……やっぱり、
貴族が絡んでる」
ドゥリアが、
低く言った。
ライナスは、
紫の欠片を拾い上げた。
袋の中には、
まだいくつも残っている。
「これは、
一部だ」
「全部じゃない」
リシアが、
静かに結論づける。
「屋敷に、
まだある」
ネレウスは、
海を見つめた。
水面は、
何事もなかったかのように、
揺れている。
だが、
その奥で、
何かが確実に進んでいる。
「……行こう」
ライナスが言う。
「次は、
本人から聞く」
夜の港に、
兵士の息遣いだけが残った。
五人は、
闇の中へ動き出す。
この先に、
戻れない一線があると知りながら。




