第三章 第一節 第三話 もっともらしい仮説
ギルドの資料室は、
昼でも薄暗かった。
高い棚に並ぶ報告書。
古い紙の匂い。
「……これで、
三件目ね」
リシアが、
束ねられた報告書を机に置く。
港。
沿岸の村。
少し離れた漁場。
被害の場所は、
ばらばらだった。
「でも、
全部“海に近い”」
フィリアが、
地図を見ながら言う。
「内陸は、
ほとんど被害がない」
「偏ってるな」
ライナスが答える。
偶然とは言い切れない。
だが、
人為だと断定するには弱い。
「魔力の流れは?」
リシアが聞く。
フィリアは、
目を閉じた。
しばらくして、
ゆっくりと首を傾げる。
「……乱れてはいるけど、
不自然とまでは言えない」
「自然現象、
って線か」
ドゥリアが言う。
「海流の変化とか?」
「ええ。
それが一番、
説明がつく」
リシアは、
そう答えた。
「魔力が滞留して、
魔物が発生する」
「流れが変われば、
出る場所も変わる」
理屈は通っていた。
「それなら、
今回の結果も納得だ」
ライナスが言う。
「俺たちが抑えた場所は、
被害が出ていない」
「別の場所に、
出ただけだ」
「つまり、
原因は外にある」
フィリアが、
静かに補足する。
「誰かが増やしている、
わけじゃない」
その言葉に、
ドゥリアがほっと息をつく。
「じゃあ、
悪いやつはいない?」
「少なくとも、
人間の仕業とは言えない」
リシアは、
そう結論づけた。
誰も、
異論はなかった。
ネレウスを除いて。
「……待て」
低い声。
全員が、
そちらを見る。
「納得してない、
って顔だな」
ライナスが言う。
ネレウスは、
地図を指さした。
「流れだとすると、
おかしい」
「何がだ?」
「被害の出方」
指先が、
いくつかの地点をなぞる。
「ただ拡がってる、
だけじゃない」
「間が空いてる」
「避けてる、
って言った方が近い」
フィリアが、
眉をひそめる。
「避けてる?」
「港の中心部。
漁の一番盛んな場所」
「そこだけ、
被害が少ない」
言われてみれば、
確かにそうだった。
「自然なら、
そんな都合よくはならない」
ネレウスは、
言い切った。
沈黙。
リシアが、
ゆっくりと息を吐く。
「……偶然、
じゃない可能性はある」
「でも、
証拠がない」
「今の段階で、
人為と決めつけるのは危険よ」
正論だった。
ライナスも、
それは分かっている。
分かっているからこそ、
言葉が出なかった。
「一度、
自然現象として追う」
リシアが、
方針をまとめる。
「海流と、
魔力の変化」
「そこから、
もう一度見直す」
「異論は?」
誰も、
すぐには答えなかった。
やがて、
ライナスがうなずく。
「……今は、
それしかないな」
ネレウスは、
黙っていた。
納得は、
していない。
だが、
反論も出来なかった。
理由を、
言葉に出来なかったからだ。
「じゃあ、
次は沿岸の外れを調べる」
リシアが言う。
「被害が少ない場所も含めて」
「了解」
短い返事が、
重なった。
資料室を出ると、
外は夕方だった。
海からの風が、
街を抜けていく。
ネレウスは、
その風を感じながら思う。
この仮説は、
きれいすぎる。
説明は、
つく。
でも。
水は、
そんなに素直じゃない。
その感覚だけが、
胸に残っていた。




