第三章 第一節 第一話 再出発
ギルドに来たのは、
昼を少し過ぎた頃だった。
依頼が一段落し、
酒場へ向かう者と、
次の仕事を探す者が分かれる時間帯。
ライナスたちは、
自然と依頼掲示板の前に集まっていた。
「……残ってるな」
ネレウスが、
一枚の紙を見つめる。
港外れ沿岸部。
魔物討伐。
見覚えのある文面。
そして、
追記。
《前回調査中断》
《被害継続中》
《再調査要請》
ドゥリアが、
首を傾げる。
「これ、
前にやったやつだよね」
「途中で止めた依頼だ」
ライナスが答える。
フィリアは、
紙の端を指で押さえた。
「……被害、
止まってないんだ」
一瞬、
空気が止まる。
前回。
現地で判断を迷い、
追うか撤退するか決めきれず、
結果として別の場所で被害が出た。
誰かが間違えたわけじゃない。
だが、
決めなかった時間が、
被害を生んだ。
「受付、
聞いてくる」
リシアが言い、
歩き出す。
ーーー
カウンターの向こうにいたのは、
以前も対応した職員だった。
「……ああ、
君たちか」
職員は、
掲示板の紙を見てうなずく。
「その依頼、
続きだ」
「前回は、
刺激しない方針で中断した」
その言葉に、
ライナスは顔を上げた。
職員は続ける。
「逃走型の魔物だった」
「下手に追えば、
港全体に散る可能性があった」
「海へ逃げられれば、
漁船や民間人を巻き込む」
「だから前回は、
被害を港外れに固定する判断を取った」
刺激しない。
深追いしない。
無理に討伐を狙わない。
それは、
臆病な判断ではなかった。
被害を最小限に抑えるための、
消極的だが合理的な選択だった。
「判断としては、
間違っていなかった」
職員は、
はっきりそう言った。
「だが……」
言葉を切る。
「事態は、
それを待ってくれなかった」
「被害は、
別の時間、
別の場所でも起きていた」
「刺激していないつもりでも、
事態は動いていた」
静かな声だった。
責める響きはない。
だが、
事実だった。
「迷っている間に、
被害が広がった」
その一言が、
重く残る。
「漁に出られない日が増えてる。
桟橋の損壊も続いてる」
「魔物の数も、
前より多い」
ネレウスが、
低く言う。
「自然じゃないな」
「その通りだ」
職員はうなずく。
「だから、
依頼は取り下げていない」
「続きをやるかどうかは、
君たち次第だ」
五人は、
一度視線を交わす。
「……やる」
ライナスが、
短く言った。
「今度は、
迷わない」
ーーー
港外れへ向かう道。
前回と、
同じ道。
だが、
歩き方が違う。
「空気、
前より重い」
ネレウスが言う。
「魔力が、
広がってる」
フィリアが、
目を閉じたまま答えた。
「前回より、
範囲が広い」
リシアは、
歩きながら口を開く。
「前回、
判断が止まった理由は三つ」
「被害範囲が読めなかった」
「魔物の数が分からなかった」
「逃した場合の二次被害を恐れた」
「今回は、
現地に着く前に決める」
ドゥリアが、
小さくうなずく。
「決めとけば、
止まらないもんね」
ーーー
港外れに近づくと、
潮の匂いが濃くなる。
補修された桟橋。
削れた岩場。
被害の跡が、
はっきり残っていた。
「……前回のままだ」
ドゥリアが、
小さく言う。
「今回は、
囲う」
リシアが言った。
「追うか撤退か、
じゃない」
「最初から、
逃がさない」
「ドゥリア、
地形を塞ぐ」
「ネレウス、
海側の退路を断つ」
「フィリア、
拘束と補助」
視線が、
ライナスに向く。
「止めは?」
「俺がやる」
迷いはなかった。
ーーー
岩場に踏み込んだ瞬間、
魔物が動く。
だが、
前回とは違う。
ドゥリアのゴーレムが、
先に動き、
逃げ道を潰す。
ネレウスの水が、
海への流れを断つ。
フィリアの風が、
動きを縛る。
「今」
リシアの声。
ライナスは、
一体ずつ、
確実に斬った。
追いすぎない。
だが、
逃がさない。
判断は、
一度も止まらなかった。
最後の魔物が、
崩れ落ちる。
波が、
静まる。
「……被害、
出てない」
フィリアが言う。
ネレウスが、
周囲を確認する。
「逃げた気配も、
ない」
前回とは、
明確に違う結果だった。
「依頼は、
達成だ」
ライナスは言った。
だが、
視線は海に向いたままだ。
濁りは、
まだ残っている。
今回は止められた。
だが、
原因は残っている。
五人は、
同じ場所に立ちながら、
前回とは違う判断を選んでいた。




