第一章 第二節 第二話 新芽に宿るもの
世界樹の根が集まる奥地は、里の中とは別の空気に包まれていた。
重い。
湿っていて、冷たい。
フィリアは足を止め、周囲を見渡す。
淡く光るはずの新芽が、ところどころ黒ずんでいる。
「……こんなに……」
一本や二本ではない。
明らかに、数が増えていた。
しゃがみ込み、最も闇が濃い新芽を見つめる。
緑のはずの表皮に、黒い筋が絡みつくように広がっている。
「……まだ、完全じゃない」
今なら、まだ間に合うかもしれない。
そう思った瞬間だった。
ぐずり、と。
嫌な音が、地面の奥から響いた。
「……!」
新芽が、脈打つ。
次の瞬間、芽が裂け、中から黒い塊が滲み出した。
枝のような腕。
根のように絡みつく脚。
だが、その中心には――
確かに、新芽の名残があった。
「……そんな……」
フィリアは、弓を構える。
これは魔物じゃない。
世界樹の一部だ。
それでも、放っておけば闇は広がる。
新芽がすべて飲み込まれれば、
世界樹は、ゆっくりと枯れていく。
「……ごめん」
小さく呟き、矢を番える。
闇に飲まれた新芽が、ぎこちなく動き出す。
根を引きずるように進み、フィリアへと伸びてきた。
弦を引き絞り、矢を放つ。
矢は光を帯び、新芽を貫いた。
低い悲鳴のような音が響き、
闇が揺らぐ。
だが――
消えない。
「……やっぱり、一撃じゃ……!」
新芽だったものが、再び形を保とうと蠢く。
その動きは鈍い。
だが、確実だった。
フィリアは距離を取り、次の矢を構える。
世界樹の力を宿した矢。
数は少ない。
乱用はできない。
「……今は、これしかない」
矢を放つ。
光が走り、闇を包み込む。
今度こそ、闇は耐えきれず、霧のように散った。
残ったのは――
砕けた、新芽の欠片だけだった。
フィリアは、その場に立ち尽くす。
守るために、壊した。
胸が、きしむ。
だが、顔を上げて、息を呑んだ。
周囲には、同じように黒く染まりかけた新芽が、いくつも残っている。
「……一つじゃ、ない……」
これをすべて止めるには、
時間も、力も、足りない。
その時だった。
――視線。
確かに、感じた。
新芽の奥。
結界の向こう。
誰かが、この光景を見ている。
「……誰……?」
問いかけても、答えは返らない。
ただ、結界が微かに揺れ、気配だけが消えた。
フィリアは唇を噛みしめる。
結界は、破られていない。
それなのに、“何か”が関わっている。
「……これは、自然じゃない」
闇は、意図を持って新芽を蝕んでいる。
世界樹の未来を、狙って。
「……長老に、報告しよう」
フィリアは弓を下ろし、ゆっくりと踵を返した。
この異変は、里だけで解決できるものじゃない。
世界が、どこかで歪んでいる。
それを確かめなければ――
新芽も、世界樹も、守れない。
フィリアは、重く息を吐きながら、
世界樹の奥を後にした。




