第二章 第五節 第四話 近づく感触
調査は、
街の外へと広がっていった。
倉庫街だけでは足りない。
人の消える場所は、
必ずしも目立つところとは限らない。
ギルドの協力で、
過去数年分の記録が集められた。
失踪届。
急病の診断書。
港湾労働者の事故報告。
一つ一つは、
よくある出来事だ。
だが、
並べると違和感が浮かび上がる。
「……ここ」
フィリアが、
一枚の紙を指差す。
「症状の進行が、
どれも似ています」
「倦怠感。
情緒不安定。
判断力の低下」
「そのあと、
姿を消す」
ネレウスが、
腕を組む。
「魔族化の初期症状だな」
「でも、
全部途中で止まってる」
ドゥリアが、
資料をめくりながら言う。
「完全に変わったって記録、
ないよ」
それが、
一番の異常だった。
成功例がない。
「……失敗しか、
残ってない」
ライナスは、
静かに言う。
「つまり、
まだ完成してない」
「研究は、
途中段階だ」
それは、
安心材料でもあり、
同時に恐ろしい事実でもあった。
「もし、
完成したら」
ネレウスが、
低く言う。
「この記録は、
もっと増える」
「……その前に、
止める必要がある」
フィリアの声は、
落ち着いていた。
だが、
覚悟の重さは隠れていない。
資料を閉じたとき、
気配を感じた。
「その認識で、
合ってる」
振り返ると、
リシアが立っていた。
いつの間に来たのか、
誰も気づかなかった。
「成功例は、
まだない」
「だからこそ、
実験は続いてる」
リシアは、
淡々と続ける。
「失敗は、
無駄じゃない」
「次の段階に進むための、
材料になる」
ドゥリアが、
顔をしかめる。
「……それ、
人でやること?」
「だから、
危険なのよ」
リシアは、
視線を逸らさず答えた。
「止めるなら、
完成する前」
「今が、
最後の猶予」
ライナスは、
しばらく考えてから言う。
「次に動く場所、
分かってるか」
リシアは、
一瞬だけ迷い、
それから口を開いた。
「港の外れ」
「使われていない、
古い施設がある」
「次は、
そこ」
情報交換は、
それだけだった。
意見の衝突も、
感情のぶつかり合いもない。
だが、
互いに分かっていた。
真実に、
近づいている。
そして、
次に向かう場所で、
もう戻れなくなるかもしれないことも。
夕方。
指定された場所へ向かう途中、
微かな異変に気づいた。
空気が、
重い。
魔力が、
濁っている。
「……いる」
ネレウスが、
小さく言う。
建物の影。
人影が、
一つ。
壁にもたれかかり、
立っている。
いや、
立たされている、
と言った方が近い。
近づくにつれて、
分かる。
魔族でもない。
魔物でもない。
それでも、
人とは言い切れない。
境界に立つ存在。
誰も、
声を出せなかった。
とうとう、
出会ってしまった。
その事実だけが、
静かに胸に落ちる。
ここから先は、
もう、
資料の話では済まない。




