第二章 第五節 第三話 余計なお世話
翌日も、
調査は続いた。
一つの屋敷で終わる話ではない。
それは、
誰の目にも明らかだった。
港から少し離れた倉庫街。
昼でも人通りは少なく、
潮と油の匂いが混じる場所だ。
使われていないはずの建物に、
不自然な足跡。
扉の前で、
ネレウスが足を止める。
「……ここもだな」
鍵は壊されていない。
だが、
内側から開閉された形跡がある。
「人が、
出入りしてた」
フィリアが、
扉に触れずに言う。
「つい最近です。
魔力の残り方が新しい」
中に入ると、
倉庫はひどく荒れていた。
積まれていたはずの木箱は倒れ、
床には何かを引きずった跡。
だが、
戦闘の痕跡はない。
「抵抗した形じゃない」
ネレウスが、
周囲を見渡す。
「連れて行かれた、
って感じだな」
床の隅に、
割れた薬瓶が落ちていた。
鼻を刺す匂い。
ドゥリアが、
しゃがみ込んで拾い上げる。
「……これ、
ただの回復薬じゃない」
「混ぜ物が多すぎる」
近くには、
焼け焦げた紙切れ。
文字は途中で途切れているが、
同じ単語が何度も書かれていた。
「段階」
「反応」
「失敗」
「……やっぱり、
実験だ」
ドゥリアの声は、
いつもより低かった。
フィリアが、
ゆっくり息を吐く。
「隠す気がありません」
「処理するだけなら、
ここまで痕跡は残さない」
「見せているか、
記録しているか……」
「どっちにしても、
性質が悪いな」
ネレウスが、
舌打ちする。
「失敗しても、
次に活かす気満々ってわけだ」
ライナスは、
そのやり取りを黙って聞いていた。
胸の奥に、
昨日から消えない感覚がある。
倒しても、
終わっていない。
なぜ、
そう思ったのか。
まだ、
はっきりとは言葉にできない。
だが、
こうして痕跡を追うほどに、
確信だけが増していく。
――結果だけ消しても、
同じことが繰り返される。
その時だった。
「そこまでよ」
落ち着いた声が、
倉庫の入口から響いた。
振り返ると、
リシアが立っている。
昨日と同じ距離。
近づきすぎず、
だが逃げてもいない位置。
「ここは、
もう見なくていい」
「次は、
もっと危険な場所になる」
ライナスは、
すぐには返さなかった。
倉庫の奥を、
もう一度見る。
誰かが、
ここにいた。
途中まで、
何かをされていた。
そして、
連れて行かれた。
「……放っといたら」
慎重に、
言葉を選ぶ。
「また、
同じことが起きる」
リシアの眉が、
わずかに動いた。
「それは、
分かってる」
「だから、
ここで止める」
「処理できる段階で、
終わらせるのが最善」
「被害を、
これ以上広げないために」
合理的だ。
正しい判断だとも言える。
「でも」
ライナスは、
一歩前に出た。
「それだと、
作ってる側は、
何も困らない」
「失敗したら捨てる。
また次を作る」
「それを、
止められない」
リシアは、
一瞬だけ目を伏せる。
「……余計なお世話よ」
低く、
はっきりとした声。
「踏み込んで、
傷つくのは」
「いつも、
現場にいる人間」
「あなたも、
その一人になる」
ネレウスが、
思わず口を挟む。
「そこまで言うなら、
あんたはどうなんだ」
「もう、
踏み込まないのか」
リシアは、
すぐには答えなかった。
沈黙のあと、
短く息を吐く。
「……私は、
止めたわ」
「それでも行くなら、
その先はあなたの責任」
「私は、
もう同じところまでは行かない」
それは、
突き放す言葉ではない。
自分を守るための、
線引きだった。
ライナスは、
その言葉を受け止める。
迷いはある。
怖さもある。
それでも、
目を逸らす理由にはならない。
「分かった」
短く答える。
リシアは、
それ以上何も言わず、
踵を返した。
去っていく背中は、
揺れていなかった。
だが、
固くもなかった。
しばらく、
誰も動かなかった。
「……嫌われたな」
ドゥリアが、
ぽつりと言う。
「最初からだろ」
ネレウスが、
肩をすくめる。
フィリアは、
ライナスを見る。
「それでも、
進むんですね」
「ああ」
ライナスは、
倉庫の奥を見る。
「迷ってるけど、
引く気はない」
倒しても、
終わらない。
その感覚は、
もう確信に近かった。
同じ問題を、
同じ場所で追っている。
だが、
選び方が違う。
その違いが、
やがて交わるのか、
決定的に分かれるのか。
それは、
まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、
もう後戻りはできないということだった。




