第二章 第四節 第六話 誇りの決闘
夜が明ける前、
港はまだ静かだった。
騒ぎの痕跡は、
すでに片づけられている。
何事もなかったように、
朝の準備が始まっていた。
ネレウスは、
一人で海を見ていた。
胸の奥に残るのは、
助かったという安堵と、
消えない後ろめたさ。
「……情けない」
呟いても、
答えは返らない。
助けられた。
それは事実だ。
だが、
守られたわけではない。
自分で決着をつけられなかった。
そのことが、
誇りを傷つけていた。
背後から、
足音がする。
振り返らなくても、
分かる。
「来たか」
ライナスだった。
「話がある」
短く、
そう告げる。
ライナスは、
黙ってうなずいた。
港の外れ。
人の来ない場所へ、
二人は歩いた。
「感謝はしてる」
ネレウスが、
先に口を開く。
「だが、
それだけじゃ終われない」
ライナスは、
表情を変えない。
「謝れないって顔だな」
「……ああ」
ネレウスは、
槍を握る。
「魚人のやり方がある」
「正しさは、
力で示す」
それは、
疑っているからではない。
自分自身に、
決着をつけるためだ。
「俺が、
間違っていたのか」
「お前が、
正しかったのか」
「それを、
はっきりさせたい」
ライナスは、
しばらく黙っていた。
「本気か」
「本気だ」
「死ぬぞ」
「覚悟はある」
短いやり取りだった。
ライナスは、
剣を抜く。
「いいだろう」
「ただし、
情けはかけない」
「望むところだ」
二人は、
距離を取る。
海風が、
間を抜ける。
合図はない。
ネレウスが、
先に踏み込んだ。
槍が、
一直線に伸びる。
速い。
鋭い。
だが、
ライナスはかわす。
剣で受け流し、
間合いを詰める。
金属音が、
朝の静けさを破る。
ネレウスは、
攻め続ける。
考えない。
迷わない。
ただ、
全力をぶつける。
ライナスも、
応じる。
受けるだけではない。
隙を見て、
確実に斬り込む。
互いに、
本気だった。
数合、
十数合。
息が荒くなる。
その最中、
ネレウスの脳裏に、
別の光景が浮かんだ。
水の訓練場。
濡れた床。
エイリオンと並び立つ自分。
勝ちたい。
負けたくない。
だが、
それ以上に、
純粋だった。
強くなりたい。
それだけだった。
「……っ」
一瞬、
動きが鈍る。
その隙を、
ライナスは見逃さなかった。
剣が、
槍の内側に入り込む。
強い衝撃。
ネレウスの身体が、
後ろへ吹き飛ぶ。
地面に倒れ、
息が詰まる。
「……負けた、か」
槍を握る手が、
震える。
ライナスは、
剣を下ろした。
「本気なら、
勝てなかった」
ネレウスは、
苦笑した。
「……お前もだろ」
「……ああ」
二人は、
しばらく動かなかった。
朝日が、
港を照らす。
「謝らなくていい」
ライナスが、
言う。
「選び直したなら、
それでいい」
ネレウスは、
空を見上げた。
「……俺は、
間違っていた」
それだけを、
認める。
頭は下げない。
だが、
目は逸らさない。
「これからは、
自分で選ぶ」
「誇りを、
言い訳にしない」
ライナスは、
小さくうなずいた。
「それでいい」
ネレウスは、
立ち上がる。
身体は痛む。
だが、
心は軽かった。
選び直した。
それが、
何よりの答えだった。




