第二章 第四節 第五話 裏切りの夜
夜は、
静かすぎた。
港の灯りは少なく、
波の音だけが続いている。
人の気配も、
ほとんどない。
ネレウスは、
集団の溜まり場へ向かっていた。
足取りは重い。
だが、
引き返す気はなかった。
調べたこと。
知ってしまったこと。
それらを、
なかったことにはできない。
扉を開けると、
中は思ったより静かだった。
酒の匂い。
だが、
騒ぎはない。
全員が揃っている。
それが、
かえって不自然だった。
「来たか」
一人が、
笑顔で言う。
「ちょうど、
話があった」
ネレウスは、
何も言わずに中へ入った。
「次の仕事だ」
机の上に、
地図が広げられる。
禁制区域。
今までより、
さらに奥。
「見張りだけじゃない」
「運ぶのを、
手伝ってもらう」
ネレウスは、
一歩前に出た。
「それは、
やらない」
空気が、
一瞬だけ止まった。
「……は?」
「禁制区域だ。
密漁も、
もう手伝わない」
誰かが、
鼻で笑う。
「今さら何言ってんだ」
「今まで、
一緒にやってただろ」
ネレウスは、
槍を握る。
「知らなかった。
だが、
今は知っている」
沈黙。
次の瞬間、
空気が変わった。
「……やっぱり、
そうなるか」
男の声は、
冷たかった。
「最初から、
そのつもりだったんだろ」
「違う」
即答だった。
「止めに来た」
その言葉に、
誰かが舌打ちする。
「面倒だな」
「魚人は、
使いやすいと思ったんだが」
ネレウスの胸が、
強くざわつく。
「見張り役。
前に立たせれば、
何かあっても責任を被る」
「都合がよかった」
言葉が、
一つずつ突き刺さる。
「……最初から、
切るつもりだったのか」
「察しがいいな」
笑い声。
「今夜で、
終わりだ」
刃が、
抜かれる。
囲まれている。
逃げ道はない。
ネレウスは、
槍を構えた。
戦うつもりはない。
だが、
引く気もなかった。
「俺は、
裏切っていない」
「裏切ったのは、
お前たちだ」
次の瞬間、
男たちが動いた。
数は多い。
動きも荒い。
ネレウスは、
必死に応じる。
一人、
二人、
押し返す。
だが、
背後から衝撃が走った。
膝が、
地面につく。
「……くそ」
視界が、
揺れる。
「終わりだ」
刃が、
振り下ろされる。
その瞬間だった。
鋭い音が、
夜を裂く。
金属がぶつかる音。
「そこまでだ」
聞き覚えのある声。
ライナスだった。
剣を抜き、
男たちの前に立つ。
「……またかよ」
「邪魔すんな」
ライナスは、
答えない。
ただ、
ネレウスを一瞥する。
「動けるか」
「……ああ」
それだけで、
十分だった。
二人は、
背中を合わせる。
余計な言葉はない。
男たちは、
一瞬だけ怯んだ。
それを、
見逃さなかった。
短い戦いだった。
数で勝っていたはずの男たちは、
次々に倒れる。
逃げ出す者もいた。
最後に残った一人が、
呻きながら言う。
「……覚えてろ」
ライナスは、
剣を下げた。
「終わりだ」
夜が、
再び静かになる。
ネレウスは、
大きく息を吐いた。
「……来るの、
分かってたのか」
ライナスは、
首を振る。
「調べてただけだ」
「お前が、
使われてる可能性が高かった」
ネレウスは、
苦笑した。
「……情けないな」
「そうでもない」
ライナスは、
そう言って剣を納める。
「気づいた。
止めようとした」
「それだけで、
十分だ」
ネレウスは、
何も言えなかった。
胸の奥に、
後ろめたさが残る。
助かった。
だが、
素直に感謝できない。
誇りが、
邪魔をする。
夜風が、
二人の間を通り抜ける。
「……この先、
どうする」
ネレウスは、
そう問いかけた。
答えは、
まだ出ていない。
だが、
一つだけ分かっている。
もう、
元の場所には戻れない。
選ばなければならない夜が、
静かに、
始まっていた。




