第二章 第四節 第一話 居場所の温度
港町の朝は、早い。
潮の匂いと、
人の声が混ざり合い、
日が昇る前から通りは動き出す。
ネレウスは、
その端を歩いていた。
人の流れから、
ほんの少しだけ外れた位置。
誰かと肩が触れない距離を、
無意識に選んでいる。
冒険者ギルドの前を通り過ぎると、
視線を感じた。
露骨ではない。
だが、
確かに向けられている。
青い髪。
水色の肌。
首元にのぞく鱗。
魚人だと分かると、
視線はすぐに逸らされる。
声をかけられることはない。
拒絶されることもない。
ただ、
距離を取られる。
「……ふう」
小さく息を吐く。
これには慣れていた。
人間の街では、
いつものことだ。
掲示板に張られた依頼を見上げる。
護衛。
採取。
討伐。
どれも、
複数人向けの内容ばかりだった。
単独でも受けられそうな依頼は、
報酬が低い。
危険度も低い。
だが、
それでも構わなかった。
「力なら、
使える」
槍を握る手に、
自然と力が入る。
戦うことはできる。
それだけで、
十分だと思っていた。
依頼を一つ受け、
港の外れへ向かう。
魔物は弱く、
数も少ない。
ネレウスは淡々と処理した。
動きに無駄はない。
判断も早い。
それでも、
誰かと組む話は出なかった。
討伐を終え、
報酬を受け取る。
金額は少ない。
生活するには、
ぎりぎりだ。
「……問題ない」
そう言い聞かせて、
ネレウスは通りを歩く。
昼を過ぎた頃、
声をかけられた。
「なあ、
あんた」
振り向くと、
人間の冒険者が立っている。
二人組だった。
態度は、
思ったよりも普通だった。
「槍使いだろ。
人手が足りなくてさ」
ネレウスは、
一瞬だけ言葉に詰まった。
誘われること自体が、
久しぶりだった。
「……どんな依頼だ」
「港の外。
ちょっとした仕事だよ」
詳しい説明はなかった。
だが、
拒む理由もない。
「分かった」
短く答えると、
男たちは顔を見合わせて笑った。
「助かるぜ」
それだけで、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
三人で歩き出す。
道中、
特に会話はなかった。
だが、
気まずさもない。
戦闘になれば、
ネレウスは前に出た。
槍を振るい、
魔物を押し返す。
男たちは、
後ろから援護する。
「強いな」
そう言われたとき、
ネレウスは何も返せなかった。
だが、
悪い気はしなかった。
仕事は、
問題なく終わった。
報酬は、
一人で受けたものよりも多い。
「また、
一緒にやろうぜ」
その言葉に、
ネレウスは小さくうなずいた。
その日から、
彼らと行動することが増えた。
依頼は順調だった。
報酬も安定する。
誰も、
種族の話をしない。
それが、
ありがたかった。
「……仲間」
その言葉が、
頭をよぎる。
考えないようにしていたが、
否定もしなかった。
ある日、
依頼の途中で、
男たちが別のことを始めた。
港の立ち入り禁止区域。
本来、
入る理由のない場所。
「ちょっと寄るだけだ」
軽い口調だった。
ネレウスは、
疑問を抱きつつも、
槍を構えた。
「見張りをしていればいい」
言われた通り、
周囲に目を配る。
何が行われているのか、
詳しくは分からない。
だが、
戦闘はない。
誰も傷ついていない。
「俺は、
戦っているだけだ」
役割を果たしているだけ。
そう思い込む。
仕事が終わると、
男たちは満足そうだった。
「助かったぜ」
その言葉に、
ネレウスはうなずいた。
夜、
酒場に入る。
笑い声が響き、
酒が運ばれる。
ネレウスは、
少し離れた席に座っていた。
騒ぎの中にいながら、
どこか一歩引いている。
それでも、
一人ではなかった。
それでいいと、
思った。
外に出ると、
夜風が頬を打つ。
通りの向こうで、
誰かと目が合った気がした。
だが、
すぐに逸らされる。
「……気のせいか」
ネレウスは、
槍を背負い直し、
歩き出した。
この道が、
どこにつながっているのか。
考えないまま、
前へ進んでいた。




