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ガイア戦記 ― 歪められた世界の選択  作者: マロン
第二章 選ばれない者たち

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第二章 第三節 第六話 理想との衝突と優しさの暴走

セイラが去ったあとも、

フィリアの胸の中は落ち着かなかった。


正しいことをした。

そう思おうとすればできる。


けれど、

それで救われた気はしなかった。


助け方を変えただけ。

それだけなのに、

何かを失ったような感覚が残る。


宿へ戻る道すがら、

フィリアは足を止めた。


図書館の前だった。


昼間は人の気配があった建物も、

今は静まり返っている。

扉は閉じられ、

中の様子はうかがえない。


フィリアは、

しばらくその場に立ち尽くしてから、

扉に手をかけた。


中は、

昼と変わらず静かだった。


司書の姿はなく、

灯りも最小限しか点いていない。

本棚の影が、

長く床に伸びている。


フィリアは、

迷うことなく奥へ進む。


低い棚。

子ども向けの絵本。

擦り切れた背表紙。


初代エルフの長の絵本を、

手に取った。


ページを開く。


やさしい色合い。

穏やかな表情。

迷いのない行動。


誰かを助け、

誰かを救い、

誰かに感謝される。


そこには、

疑問も葛藤も描かれていない。


「……どうして」


フィリアは、

小さくつぶやいた。


「どうして、

そんなふうにいられたの」


答えは、

どこにも書かれていない。


フィリアは、

何度もページをめくる。


争いを止める場面。

病を癒やす場面。

行き場のない者を守る場面。


どれも、

迷いがない。


「私は……」


言葉が途切れる。


セイラの顔が浮かぶ。

迷いながら、

自分で考えようとしていた目。


レミアの顔が重なる。

答えを待つ目。

すがるような目。


どちらも、

自分が関わった結果だった。


「私の優しさは……」


絵本を閉じる。


理想は、

ここにある。


疑いようのない、

完成された優しさ。


それと比べると、

自分のやり方は、

あまりにも不格好だった。


「……考えすぎてる」


そう言い聞かせるように、

フィリアは立ち上がった。


答えを出せないなら、

考えなければいい。


考えずに、

動けばいい。


それが、

今までのやり方だった。


翌日から、

フィリアはさらに街を歩いた。


以前よりも多く。

以前よりも積極的に。


困っている人を見つけると、

すぐに声をかける。

判断を待たずに、

手を差し伸べる。


回復魔法を使い、

仲裁に入り、

助言を与える。


一つ一つは、

間違っていない。


誰かは救われ、

誰かは安心する。


それでも、

胸の奥の違和感は消えなかった。


「フィリアさん」


名前を呼ばれる回数も、

増えていく。


「少しだけ……」


「これも、お願いできますか」


断らない。

迷わない。


それが、

正しいはずだから。


だが、

体は正直だった。


夕方になると、

足取りが重くなる。

視界が、

少しだけ揺れる。


「大丈夫」


誰にともなく、

そう言って歩き続けた。


宿へ戻る途中、

ドゥリアが心配そうに見上げる。


「フィリア、

ちょっと……顔、白い」


「平気よ」


即座に返す。


「まだ、

やれるから」


その言葉は、

自分に向けたものだった。


夜、

部屋に戻ると、

フィリアは椅子に座り込んだ。


息を整えようとしても、

うまくいかない。


胸の奥が、

ひりつくように痛む。


「……私は、

間違ってない」


そう言い聞かせる。


助けている。

救っている。

誰も見捨てていない。


それなのに、

苦しい。


立ち上がろうとした瞬間、

視界が大きく揺れた。


床が近づき、

次の瞬間、

身体が傾く。


「……っ」


声にならない息が漏れ、

フィリアはそのまま倒れた。


気づいたとき、

天井が見えた。


見慣れた宿の天井。

灯りは落とされ、

静かな夜だった。


「……フィリア?」


ドゥリアの声が、

すぐ近くでする。


顔を向けると、

泣きそうな顔で覗き込んでいた。


「だいじょうぶ?

ねえ……ねえ」


フィリアは、

ゆっくりと息を吸った。


身体が重い。

魔力も、

ほとんど残っていない。


「……ごめんなさい」


その一言で、

ドゥリアの目から、

涙がこぼれた。


「やだ……。

フィリアが、

いなくなるの」


その言葉が、

胸に刺さる。


守ってきたはずの存在。

安心させていたはずの存在。


それを、

自分が不安にさせている。


「……ごめんね」


フィリアは、

震える声でそう言った。


与え続けることで、

救っているつもりだった。


でも、

自分が倒れれば、

悲しむ人がいる。


その当たり前のことを、

見失っていた。


静かな部屋で、

ドゥリアの嗚咽だけが響く。


フィリアは天井を見つめながら、

初めて、

自分の優しさが

逃げ場になっていたことを

理解し始めていた。

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