第二章 第三節 第四話 助けすぎて生まれる歪み
街に戻ると、
フィリアのもとへ声をかけてくる人が増えた。
名前を呼ばれることもある。
立ち止まって礼を言われることもある。
困りごとがあれば、
当然のように相談されるようになった。
その中の一人が、
レミアだった。
最初に会ったのは、
数日前の夕方だった。
通りの端で立ち尽くし、
周囲の人の流れに溶け込めずにいた。
顔色は悪く、
服装もどこか整っていない。
「……あの」
声をかけると、
レミアは一瞬だけ身をすくめた。
「すみません。
少し、相談してもいいでしょうか」
話は、
生活のことだった。
仕事がうまくいかず、
住む場所も定まらない。
どう判断していいか、
分からなくなっているらしい。
フィリアは、
いつも通り話を聞いた。
状況を整理し、
選択肢を並べ、
最も安全そうな道を示す。
「この宿なら、
しばらくは落ち着けると思うわ」
「……ありがとうございます」
レミアは、
深く頭を下げた。
「本当に、
助かりました」
その表情は、
ほっとしたようで、
同時に、
力が抜けたようにも見えた。
それで、
終わるはずだった。
翌日、
レミアはまた現れた。
「すみません、
昨日のことで……」
相談内容は、
前よりも軽かった。
判断に迷うほどのことでもない。
フィリアは、
少しだけ戸惑いながらも、
同じように答えた。
「それなら、
こうすれば大丈夫よ」
「……そうですよね」
レミアは、
安心したようにうなずく。
三日目も、
四日目も、
レミアは来た。
小さな判断。
些細な不安。
一人でも考えられるはずのこと。
だが、
レミアは必ず、
フィリアを探した。
「フィリアさんなら、
どうしますか」
その言葉を聞くたび、
フィリアは胸の奥が、
少しだけ締めつけられる。
助けているはずなのに。
救っているはずなのに。
「……こうした方がいいわ」
答えを与えると、
レミアは必ず、
安堵の表情を浮かべた。
その様子を、
ライナスは静かに見ていた。
ある日、
レミアが立ち去ったあとで、
ライナスは口を開く。
「何から何まで、
決めてやってるな」
責める調子ではなかった。
ただ、
事実を置くような言い方だった。
「困っていたから」
フィリアは、
即座に答える。
「放っておけなかった」
「分かる」
ライナスは、
それだけ言って続けた。
「でも、
あれじゃあ、
あの人は自分で立てない」
フィリアは、
思わず足を止めた。
「……じゃあ、
どうすればよかったんですか」
声に、
わずかに棘が混じる。
「考える余地を、
残してやる」
「それは……」
フィリアは言葉を探す。
「それは、
突き放すのと同じじゃないですか」
「違う」
ライナスは、
首を振った。
「立つ場所を、
奪わないだけだ」
フィリアは、
その言葉を受け取れなかった。
納得できない。
納得したくない。
「……私は、
間違っていないと思います」
それだけ言って、
歩き出した。
その日の夕方、
レミアはまた来た。
今度は、
さらに小さな相談だった。
フィリアは、
一瞬だけ迷った。
だが、
結局、
これまでと同じように答えた。
「大丈夫。
こうすればいい」
「……ありがとうございます」
レミアは、
ほっと息を吐く。
だが、
その表情に、
昨日までの張りはなかった。
夜、
宿へ戻る途中で、
ドゥリアが小さく言う。
「フィリア、
ちょっと……つかれてない?」
「そんなことないわ」
即答だった。
だが、
その声は、
どこか固かった。
部屋に戻ると、
フィリアは椅子に腰を下ろした。
考えないようにしていたことが、
じわじわと浮かび上がる。
助けている。
間違っていない。
そう思いたい。
けれど、
レミアの目は、
日に日に弱くなっている。
フィリアの答えを待つ目。
自分で考えようとしない目。
「……違う」
小さく、
つぶやく。
これは、
望んだ形じゃない。
それでも、
どうすればいいのかは、
分からなかった。
窓の外で、
街の灯りが揺れている。
フィリアは、
その光を見つめながら、
自分の手を見下ろした。
与えることは、
こんなにも簡単なのに。
立たせることは、
どうしてこんなにも難しいのだろう。




