第一章 第一節 第三話 偶然ではないもの
森は、静かすぎた。
鳥の声がしない。
虫の羽音もない。
ライナスは足を止め、周囲を見回した。
依頼書に書かれていた通り、
ここは少し前まで「安全圏」とされていた場所だ。
それなのに――。
「……おかしいな」
剣に手をかけ、ゆっくりと進む。
地面には、踏み荒らされた痕跡があった。
複数。
魔物の足跡だ。
だが、進行方向が揃いすぎている。
「……集団行動?」
魔物は、本来そんなことをしない。
気配を感じた瞬間、左から黒い影が飛び出した。
ライナスは即座に踏み込み、剣を振る。
一体目を斬り伏せ、体勢を立て直す。
――二体目。
背後。
振り返るより早く、剣を突き出す。
手応え。
だが、倒れない。
魔物が、距離を取った。
逃げる――
いや、違う。
「……待て」
追おうとした瞬間、別の方向から気配が膨れ上がった。
三体。
いや、四体。
囲まれている。
ライナスは舌打ちした。
「誘導されてる……?」
そんな考えが浮かぶ時点で、普通じゃない。
魔物たちは、一定の距離を保ったまま、じりじりと動く。
まるで、誰かの指示を待っているみたいに。
その瞬間――。
空気が、変わった。
冷たい。
森の奥から、視線が突き刺さる。
――いる。
魔物じゃない。
もっと、はっきりとした“意志”。
「……」
木々の隙間。
一瞬だけ、黒い外套が見えた。
心臓が跳ねる。
「……やっぱり」
同じだ。
あの時と、同じ気配。
次の瞬間、魔物たちが一斉に動いた。
ライナスは考えるのをやめ、剣を振る。
一体、二体、三体。
息が荒くなる。
最後の一体を斬り伏せた時、森は、嘘みたいに静まり返った。
肩で息をしながら、周囲を確認する。
もう、気配はない。
黒い外套の姿も、見えなかった。
「……偶然じゃないな」
独り言が、森に溶ける。
魔物の動き。
あの視線。
そして、姿を見せない“何か”。
全部が、繋がっている気がした。
地面に落ちていた魔石を拾い、袋に入れる。
いつもより、少し重く感じた。
町に戻る途中、ライナスは決めていた。
次の依頼も、受ける。
同じ場所。
同じ系統。
確かめるしかない。
もし、あの黒い外套の女が――
あの時の“彼女”が、本当にこの一件に関わっているなら。
剣を握る理由から、もう逃げられない。
ライナスは空を見上げた。
雲が流れ、夕暮れの光が、森を赤く染めている。
この世界は、
本当に平和なのか。
その答えを、誰かが隠しているのだとしたら――。
「……追いついてみせる」
低く呟き、歩き出した。
偶然ではないものを、見逃さないために。
ここてライナス編は一旦終了します。
次はフィリア編になりますので、是非読んでください。




