第二章 第二節 第三話 噛み合わない歯車
「街道沿いの倉庫に出没する魔物の討伐、または追い払い。
報酬、銀貨三枚」
読み終えて、小さく息を吐いた。
「安いな」
隣でドゥリアが、こくりと頷く。
「……でも、今は他にない」
声は小さいが、迷いはなかった。
ライナスは依頼書を剥がし、折って懐に入れる。
「行こう。二人で受ける」
ドゥリアは短く返事をした。
倉庫の中は暗く、湿った空気がこもっていた。
床板の隙間から、何かが動く気配がする。
ライナスは剣を抜いた。
「前に出る。後ろ、頼む」
ドゥリアは頷き、両手を胸の前で組む。
床が震え、ゴーレムの腕がせり上がった。
同時だった。
ライナスが踏み込む。
剣を振り抜こうとした瞬間、視界に黒い影が割り込む。
「っ……!」
肩がゴーレムの腕にぶつかり、体勢が崩れた。
魔物はその隙を逃さず、倉庫の奥へと消える。
静寂。
ドゥリアは慌てて魔力を引き、ゴーレムを止めた。
「ごめ……」
言いかけて、口を閉じる。
ライナスは剣を下ろし、しばらく倉庫の奥を見つめていた。
「……俺も、早かった」
それだけ言って、剣を鞘に戻す。
討伐失敗。
報酬は半分だった。
ーーー
次の依頼は、森での護衛だった。
盗賊が姿を現した瞬間、ライナスは迷わず前に出る。
「今だ!」
ドゥリアは反射的に魔力を解放した。
だが、出現したゴーレムの脚が、護衛対象の荷車に引っかかる。
荷が崩れ、悲鳴が上がった。
「おい! 何してる!」
盗賊は混乱に乗じて逃げ去る。
護衛は無事だったが、依頼は未達成。
帰り道、ドゥリアは一言も話さなかった。
ライナスも、何も言わなかった。
ーーー
三件目は小型魔獣の討伐だった。
今回は、ドゥリアの動きが早かった。
ライナスが合図を出す前に、ゴーレムが地面から現れる。
魔獣が驚き、散開する。
「待て――」
ライナスの声は届かない。
戦闘は長引き、魔獣はすべて倒したが、消耗だけが残った。
ライナスは剣を鞘に収めると、無言で背を向けた。
ドゥリアは、その背中を見つめたまま動けなかった。
ーーー
夜。
焚き火の前で、ライナスは乾いたパンを半分に割った。
「……次で、稼がないとな」
ドゥリアは頷くが、視線は地面に落ちている。
しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……私、邪魔?」
ライナスは顔を上げた。
「そんなことは――」
「ゴーレム、出すの。遅いって言われて、早いって言われて」
言葉が途切れる。
「……ライナスが前に出るとき、何をすればいいのか、分からなくなる」
焚き火が、小さく音を立てた。
ライナスはすぐに答えられなかった。
「……俺も、合図が悪かった」
「……」
「次は――」
「次、ある?」
静かな問いだった。
ライナスは答えず、火を見つめた。
ーーー
翌朝。
残った金は、銅貨が数枚。
掲示板の前で、二人は立ち止まった。
その中に、一枚だけ目立つ依頼がある。
「旧坑道の魔物討伐。
簡易依頼。報酬、金貨一枚」
ライナスは眉を寄せる。
「……金貨?」
銀貨三枚の依頼が続いていた。
金貨一枚は、銀貨にすれば百枚分にあたる。
しばらく、安宿に泊まれる。
食い繋ぐだけなら、かなり余裕がある額だった。
「……高すぎる」
ドゥリアも依頼書を見つめている。
「簡単、って書いてある」
「こういうのは、大体……」
ライナスは言葉を切った。
ドゥリアが、小さく息を吸う。
「……でも、これ受けたら」
顔を上げないまま、続ける。
「失敗したら、私のせいだよね」
ライナスはすぐに首を振った。
「違う」
「……じゃあ、成功したら?」
答えは出なかった。
ライナスは依頼書を剥がし、折る。
「怪しい。でも、金がないのも事実だ」
ドゥリアは唇を噛み、しばらく黙ったあと、小さく言った。
「……私、ちゃんとやる」
「“ちゃんと”じゃない」
ドゥリアが顔を上げる。
「俺と合わせる。無理なら、止める」
「……止めて、いい?」
「止めるのも、役目だ」
ドゥリアの目が、わずかに揺れた。
「……受けよう」
ライナスはゆっくり息を吐き、頷いた。
「覚悟は、しておこう」
依頼書を懐に入れ、二人は掲示板を離れる。
金貨一枚分の期待と、
それ以上に拭えない違和感を残して。




