第二章 第二節 第二話 悪夢
――暗い港だった。
霧が立ちこめ、足元が見えない。
聞こえるのは、波の音と、人のざわめき。
倒れている男がいる。
漁師頭だった。
血に濡れた腕。
苦しそうに歪んだ顔。
「なんでだ」
誰かが言う。
「お前がいたんだろ」
次の瞬間、周囲の顔が一斉にこちらを向いた。
――違う。
言い返そうとした。
だが、声が出ない。
「冒険者なんだろ」
「助けるって言ったのは、お前だ」
視線が、刃のように刺さる。
「正しい判断だったんじゃないのか」
誰かが笑った。
「結果はこれだぞ」
霧が濃くなる。
倒れていた漁師頭の姿が、ゆっくりと変わっていく。
――違う。
そこにいたのは、
かつて一緒に戦った仲間だった。
血に濡れ、地面に崩れ、
こちらを見上げている。
「……なぁ」
仲間が、呟く。
「お前、強くなったんじゃなかったのか」
「守るって、言ってたよな」
胸が締め付けられる。
「結局さ」
仲間の目が、冷たくなる。
「お前の正義って、薄っぺらいんだよ」
「弱いから、守れないんだ」
「選ぶ資格、なかったんじゃないか?」
――やめろ。
言葉が、頭の奥で反響する。
「やめろ……!」
ライナスは、跳ね起きた。
「……っ!」
荒い息。
背中に冷たい汗が張りついている。
薄暗い室内。
宿の天井。
――夢だ。
そう理解するまで、少し時間がかかった。
「……だいじょうぶ?」
小さな声がした。
隣を見ると、ドゥリアが布団の端に座っていた。
不安そうに、こちらを覗き込んでいる。
「……うなされてた」
そう言って、ぎゅっと自分の袖を握る。
ライナスは、深く息を吐いた。
「平気だ」
そう答えながら、喉の奥に残る違和感を押し込める。
「夢、見てただけだ」
ドゥリアは、納得していない顔だったが、
それ以上は聞いてこなかった。
少しの沈黙。
「……昨日」
ドゥリアが、ぽつりと呟く。
「私、いなかった方が……」
「そんなことない」
即答だった。
自分でも驚くほど、早く言葉が出た。
ドゥリアは目を瞬かせる。
「……守るって言っただろ」
ライナスは、視線を外したまま続ける。
「それができなかっただけだ」
ドゥリアは、何も言わなかった。
ただ、少しだけ安心したように、肩の力を抜いた。
ライナスは、胸の奥で思う。
――守る。
それが正義だと思ってきた。
だが、守れなかった。
だから――
(次は、守る)
ドゥリアを。
目の前にいる存在を。
それができるなら、
少なくとも、自分の正義は嘘じゃない。
朝の支度を済ませ、二人はギルドへ向かった。
掲示板の前には、いくつかの依頼が残っている。
「……これ」
ドゥリアが指差す。
港から少し離れた場所での魔物討伐。
報酬は少ない。
「危険度、低めだな」
「うん……」
だが、どこか曖昧な依頼文だった。
二人は顔を見合わせる。
「……行くか」
「うん」
短い返事。
まだ、息は合っていない。
動きも、判断も。
それでも、二人で進むしかない。
ライナスは、剣を握り直した。
――強くなる。
証明するために。
正義が、薄っぺらくないことを。




