第二章 第一節 第七話 同じ卓につけない
港から戻った頃には、空はすっかり暗くなっていた。
いつもの飯屋。
冒険者たちが集まり、酒と料理の匂いが漂う場所。
五人は、奥の卓に並んで座っていた。
料理は運ばれている。
だが、誰も手をつけない。
「……報酬、分けようか」
ライナスが言った。
ギ
ルドで受け取った袋を、卓の中央に置く。
硬貨の音が、やけに大きく響いた。
リシアが中身を確認する。
「依頼通りの額。
調査のみ、討伐なし。減額もなし」
「少なすぎねぇか」
ライナスの声が、低くなる。
「港の人、怪我してる。
小屋も壊されてる。
それで、この額かよ」
「契約は契約よ」
リシアは淡々としている。
「結果が出ていない以上、妥当」
「結果ってなんだ」
ライナスが睨む。
「誰も死んでなきゃ、結果なしってか」
「言葉を選んで」
「選んでる場合か!」
声が荒くなる。
ネレウスが口を開いた。
「感情論だ。
報酬は仕事の評価。
今回の仕事は、未完だ」
「……未完にしたのは、俺たちだろ」
ライナスは袋を見下ろす。
「追えば、止められたかもしれない」
「“かもしれない”で動くのは危険だ」
リシアが即座に返す。
「昨日の状況で深追いしてたら、
誰かが死んでた可能性もある」
「それでも!」
ライナスは立ち上がった。
「目の前で人が傷ついてるんだぞ!」
店内の視線が、ちらりと向く。
フィリアが慌てて声を落とす。
「……お願い、二人とも」
だが、もう止まらない。
「俺は、助けられるかもしれない命を
見捨てる判断をしたくない」
「それは正義じゃない」
リシアの声が、冷える。
「それは自己満足よ」
一瞬、空気が凍った。
ライナスの拳が、震える。
「……じゃあ、あんたの正義はなんだ」
「被害を最小限に抑えること」
「誰かが犠牲になるのを、最初から計算に入れるのか」
「選ばなきゃいけない場面は、ある」
ネレウスが続ける。
「現実は、理想通りにはいかない」
「分かってる!」
ライナスが叫ぶ。
「分かってるから、悔しいんだろ!」
沈黙が落ちる。
フィリアは俯いたまま、杯を両手で包んでいる。
「……私」
小さな声。
「誰も、悪くないと思う」
誰も返事をしない。
ドゥリアが、おずおずと口を開いた。
「……あの」
全員の視線が向く。
「ごろすけ、
あんまり役に立たなかったから……」
「違う」
ライナスが即座に否定する。
「そうじゃない」
「でも……」
ドゥリアは言葉を探す。
「私が、もっとちゃんとできてたら、
誰もケガしなかったかもしれない」
その言葉に、誰も強く否定できなかった。
「……もういい」
リシアが立ち上がる。
「この話、意味がない」
「どういう意味だ」
「正義の形が違うのに、
一緒にやれるわけないでしょ」
ネレウスも席を立つ。
「俺も同意だ」
フィリアは、何か言おうとして、やめた。
誰も料理に手をつけないまま、
卓だけが取り残される。
ライナスは、立ち尽くしていた。
「……そうか」
それだけ言って、背を向ける。
もう、会うことはないだろう。
そう思って、歩き出した。
——そのときだった。
服の裾が、くい、と引かれる。
足が止まる。
振り返ると、
ドゥリアが立っていた。
何も言わない。
ただ、
おろおろとした目で、
こちらを見上げている。
手は、離れない。
ライナスは、しばらくそのまま動けずにいた。




