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ガイア戦記 ― 歪められた世界の選択  作者: マロン
第二章 選ばれない者たち

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第二章 第一節 第六話 正しさの値段

霧がまだ港に張りついたまま、人の声だけが騒がしく響いていた。


倒れた小屋。

引き裂かれた網。

砕けた木箱が、岸壁に散らばっている。


「……小屋まで壊されてる」

フィリアが息をのむ。


漁具小屋の壁には、何かに叩きつけられたような跡が残っていた。

爪か、棍棒か――判別はつかない。


人だかりの中心に、男が担架に乗せられていた。

「漁師頭がやられた……!」


港の漁師たちをまとめる男。

この町で一番、海を知っている存在だ。


治療師が包帯を巻きながら、短く告げる。

「命に別状はない。だが深い。

 しばらく海には出られん」


漁師頭は歯を食いしばり、悔しそうに天井を見つめていた。


「……突然だった」

近くにいた漁師が声を絞り出す。


「霧の中から、急にだ。

 獣みたいだったが……人みたいにも見えた」

「目が、普通じゃなかった……」

証言が重なっていく。


ライナスの脳裏に、先ほどの光景が浮かぶ。

霧の向こうへ逃げていった、あの異様な気配。


「……さっきの個体と、関係してる可能性は?」

リシアが静かに言った。


ネレウスは海を見たまま答える。

「否定はできない」


その一言で、空気が変わった。

「やっぱりか!」

「昨日から調べてたのは、お前らだろ!」

「冒険者なら、止められたはずだ!」

漁師たちの視線が、一斉に五人へ向く。


ライナスは一歩前に出かけて、踏みとどまった。

ここで声を荒げても、何も良くならない。


リシアが前へ出る。

「私たちは調査依頼を受けて動いていました。

 異様な個体は確認しましたが、追跡は見送りました」


「なんでだ!」

「状況が悪かった。

 あの場で追えば、分断される危険が高かった」

「それで小屋が壊されて、人が怪我してるんだぞ!」

怒号が飛ぶ。


ネレウスが低く言う。

「判断としては、間違っていない」

「結果がこれだろ!」

怒りが一気に噴き出す。


そのとき、リシアが一歩だけ踏み込んだ。

「……一つ、聞かせてください」


ざわめきが止まる。

「ここ最近、海に異変が出る前。

 何か、普段と違うことはありませんでしたか」


視線が泳ぐ。

「例えば――

 魚の動きが変だったとか。

 霧が急に濃くなったとか。

 ……気味の悪いものを見た、とか」


沈黙。


その沈黙に、リシアは言葉を続けた。

「情報があれば、防げた可能性があります」


漁師の一人が、苦しそうに口を開いた。

「……話したら、漁ができなくなる」


リシアの目が、わずかに細くなる。

「どういう意味?」

「“変なものを見た”なんて噂が立てば、

 誰も港に近づかなくなる。

 魚が売れなくなる」


別の漁師が続ける。

「俺たちは、漁で食ってる。

 海に出られなきゃ、生活できねぇ」

言葉が、重く落ちた。


フィリアは、胸の前で手を組む。

「……そんな……」


ドゥリアは唇を噛みしめ、袖を握りしめている。


リシアは、すぐに責めなかった。

「事情があるのは分かります」


一拍置いて、続ける。

「でも、隠された情報のせいで、

 怪我をする人が出たのも事実です」


誰も言い返せない。

正しさが、互いを傷つける。


「……今からでも追うべきじゃないのか」

ライナスが言った。

「このままじゃ、また被害が出る」


「準備なしで追えば、被害は増える」

リシアが返す。

「感情で突っ込むのは、責任じゃない」

「何もしないのも、責任放棄だろ!」

言葉がぶつかる。


ネレウスが一歩前に出る。

「今は、港の外へ出るべきじゃない。

 潮が変わっている」

「関係ねぇ!」

「関係ある」

譲らない声。


フィリアが間に入ろうとする。

「……お願い、二人とも」

だが、止まらなかった。


憲兵が割って入る。

「そこまでだ。怪我人がいる。

 ……冒険者、まずはギルドに報告しろ」


港の人々の視線が刺さる。


期待。

不満。

失望。


「次は、ちゃんとやれよ」

誰かの声が背中に当たった。


ライナスは、奥歯を噛みしめた。

正しい判断だったはずなのに、

被害は出た。


誰かが隠し、

誰かが判断し、

誰かが傷ついた。


ギルドへ向かう道すがら、

誰も口を開かなかった。


それぞれの正義が、

それぞれの胸で燃えながら、

同じ方向を照らさないまま、歩いていた。

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