第二章 第一節 第三話 報酬と次の仕事
港町に戻り、
ギルドで報酬の手続きを済ませた頃には、
空が茜色に染まり始めていた。
潮の匂いと人いきれ。
昼よりも賑わう通りを抜け、五人はギルド近くの酒場へ入る。
冒険者向けの、安くて量の多い店だ。
「……とりあえず、座ろう」
ライナスが言い、長机の一角に腰を下ろす。
誰も反対しなかった。
―――――
酒と料理が運ばれてくる。
木皿に盛られた肉とパン。
湯気の立つスープ。
「……生き返る」
ドゥリアが、思わず声を漏らした。
「戦闘後の酒は悪くないわね」
リシアは杯を軽く揺らす。
ネレウスは無言で肉を切り分け、口に運んだ。
「仕事としては、悪くなかった」
「被害なし、契約条件も満たしてる」
ライナスが、報酬袋を机に置く。
中身を開くと、銀貨が小さな音を立てて転がった。
「……五人で割ると、このくらいか」
誰も数えようとはしない。
一人分は、宿代と食費でほぼ消える額だ。
「調査依頼は、だいたいこんなものよ」
リシアが肩をすくめる。
「討伐じゃないし、追加もない」
「それでも、倉庫は無事だった」
ネレウスが淡々と告げる。
「目的は達成している」
フィリアはスープを口に運びながら、
小さく言った。
「……でも、あの魔物」
全員の動きが、一瞬だけ止まる。
「少し、変だった」
「動きが鈍かったな」
ネレウスが頷く。
「縄張りを荒らされた個体にしては、反応が遅い」
「偶然、で片付けたいところだけど」
リシアはそう言いながらも、言い切らなかった。
「……今は、深追いする話じゃないか」
ライナスが区切る。
「仕事は終わった」
―――――
報酬の銀貨が机の上から消え、
それぞれが自分の取り分をしまい終えた頃。
酒場の喧騒だけが、やけに大きく聞こえた。
沈黙が落ちる。
ライナスは、杯に残った酒を一口飲み、
少し考えてから口を開いた。
「……正直な話」
全員の動きが、わずかに止まる。
「みんな、
これだけ動けるのに」
自然と視線が集まった。
「こんな報酬の少ない仕事を
選ぶ理由があるのかと思ってさ」
すぐに返事は返ってこなかった。
「金のため、でいいでしょ」
リシアが先に言う。
だが、その声はどこか軽く、
それ以上踏み込ませない調子だった。
ネレウスは、肉を切る手を止めない。
「仕事だからだ」
それ以上は、語らない。
フィリアは視線を伏せ、
杯を両手で包んだまま、小さく言う。
「……今は、それだけ」
短い答えだった。
最後に、ドゥリアを見る。
「……えっと」
少し迷ってから、
小さく笑う。
「ごろすけの魔石、
減るから……
稼がないと」
冗談めいているが、
誰も笑わなかった。
全員が、
理由を持っている。
だが――
今は話さない。
「……そうか」
ライナスは、それ以上聞かなかった。
沈黙が戻る。
けれど、不思議と居心地は悪くなかった。
―――――
しばらくして、
ギルドの職員が酒場に顔を出した。
「港湾調査を受けたのは、あんたたちか?」
ライナスが顔を上げる。
「そうだ」
「追加の話がある」
職員は声を落とした。
「別の区画でも、
似た報告が上がってる」
「……やっぱり」
フィリアが小さく呟く。
「詳細は、明日。
掲示板に出す」
そう言い残し、職員は去っていった。
「……次も、調査か」
ドゥリアが言う。
「仕事だ」
ネレウスは即答した。
「割に合わないけどね」
リシアが肩をすくめる。
ライナスは、少しだけ考えてから言った。
「一度きりなら、
ここで解散でもいい」
誰も否定しない。
だが――
誰も立ち上がらなかった。
「……明日も、
同じ時間でいい?」
ドゥリアが、恐る恐る言う。
「仕事として、だ」
ライナスが答える。
「それ以上でも、以下でもない」
誰も否定しなかった。
―――――
夜の港町を出るとき、
五人はそれぞれ別の方向へ歩き出した。
まだ、仲間ではない。
目的も、過去も、知らない。
それでも――
次の依頼を受ける約束だけは、
確かに交わされていた。
語るべきことは多い。
だが今は、語らない。




