第二章 第一節 第二話 仕事としての冒険
ギルドの掲示板の前は、いつもより人が多かった。
だが、誰も長くは立ち止まらない。
依頼書を一枚眺めては、眉をひそめ、無言でその場を離れていく。
ライナスも、その流れの中にいた。
「……調査、か」
討伐でも護衛でもない。
港湾周辺の調査。
魔物の異常行動の可能性あり。
内容は曖昧で、報酬も未確定。
正直、割に合う仕事には見えなかった。
「これ、受ける人……いないのかな」
独り言のような声が聞こえた。
小柄なドワーフの少女が、掲示板を見上げている。
背中には、体に不釣り合いなほど大きな鞄。
「だいたい、そういう依頼は後回しにされる」
ライナスは、無意識に口を挟んでいた。
少女は驚いたように振り返り、少し考えてから頷く。
「そうなんだ……」
それから、小さく笑った。
「でも、誰かがやらないと、困る人はいるよね」
返事に迷っていると、低い声が割り込んできた。
「理想論だな」
青い肌の魚人が、腕を組んで立っていた。
背中には長槍。
「調査依頼は、情報不足が一番危険だ」
少し離れた場所では、ローブ姿の女が依頼書を眺めている。
「港湾調査……」
リシアは鼻で笑った。
「説明不足。
でも、放っておいたら面倒になるタイプね」
さらに奥では、
エルフの少女が静かに掲示板を見つめていた。
誰もが同じ依頼を気にしている。
だが、誰も最初の一歩を踏み出さない。
「……単独では受けられない」
魚人がぽつりと言った。
「規定人数がある」
その一言で、全員が理解した。
今ここにいる五人。
条件を満たすのは、この場の者たちだけだ。
「あの……」
ドゥリアが恐る恐る口を開く。
「一時的に、一緒にやるとか……?」
視線が交差する。
信頼はない。
名前も、素性も知らない。
「仕事として、だ」
ライナスが言った。
「終わったら、解散」
誰も反論しなかった。
―――――
受付で依頼を受理し、
ギルドを出て歩き出したところで、ライナスが足を止めた。
「……さすがに、
名前くらいは知っておこう」
全員が立ち止まる。
「俺はライナスだ」
短く名乗る。
「ネレウス」
魚人も、それだけ。
「リシアよ」
「フィリア」
エルフの少女は、簡潔に言った。
最後に、ドゥリアが一歩前に出る。
「……ドゥリア。
ドワーフです」
それ以上は語らない。
十分だった。
―――――
倉庫街へ向かう途中、
ライナスが改めて口を開いた。
「現地に入る前に、
できることだけ共有しよう」
今度は、全員がちゃんと足を止めた。
「俺は前に出る」
ネレウスが言う。
「槍を使う。
魔物を引きつける役だ」
「私は攻撃魔法」
リシアが続く。
「火・水・風。
建物があるなら、火は控える」
フィリアは少し考えてから言った。
「後ろから支援。
風と、応急回復」
視線がドゥリアに集まる。
「……私のゴーレムは、ごろすけって言うの」
一瞬の間。
「魔石で動く。
長時間は無理だし、
起動に少し時間がかかる」
「その間は守る」
ライナスが即座に言った。
「俺は状況対応だ。
足りないところを埋める」
完璧な作戦ではない。
だが、無言で突っ込むよりはマシだった。
「……行くか」
ネレウスが言った。
「仕事だから」
―――――
倉庫街は、静かだった。
静かすぎる。
影から魔物が姿を現す。
「来る!」
「ごろすけ!」
ドゥリアが指輪に触れた。
魔力が走り、
鞄が開き、部品が宙に浮く。
魔石が淡く光り、
金属片が吸い寄せられるように組み上がっていく。
その間、ドゥリアは無防備だった。
ライナスとネレウスが前に出る。
フィリアの風が、魔物の動きを乱す。
「……焼かないって、やりにくいわね」
リシアは舌打ちしながら、風刃を放つ。
「ごろすけ、前!」
完成したゴーレムが、
ずしりと一歩踏み出した。
短い戦闘だった。
連携はぎこちない。
だが、誰も無茶はしない。
最後は、ライナスの剣が魔物を倒した。
―――――
「……終わった?」
ドゥリアが、ゴーレムから顔を出す。
「問題なし」
ネレウスが周囲を確認する。
「……魔石、結構減った」
「使いすぎたな」
「守るのが仕事だから……」
ライナスは歩き出した。
「次は、もっと短く終わらせよう」
港町へ戻る道。
五人の距離は、まだ遠い。
だが――
仕事は、始まってしまった。
勇者はいない。
それでも、世界は回っている。




