第一章 第五節 第三話 守るための破壊
工房都市の地下深く。
炉の熱も届かない場所に、その区画はあった。
古い石壁。
封じられた扉。
立ち入りを禁じる刻印。
そこに足を踏み入れる者は、ほとんどいない。
ドゥルガは、迷いなく鍵を外した。
「……一度だけだ」
誰に言うでもなく、呟く。
禁忌とされる技術。
魔力を直接、構造に流し込む強化法。
制御が難しく、暴走の危険が高い。
それでも――
「勝てないまま終わるわけにはいかない」
妹に勝ちたい。
妹を守りたい。
天才であり続けたい。
その全部を、手放せなかった。
―――――
数日後。
工房都市は、異様なざわめきに包まれていた。
「ゴーレムが……」
「様子がおかしい!」
格納庫に集まった職人たちの前に、一体のゴーレムが姿を現す。
それは、ドゥルガのゴーレムだった。
外装は黒ずみ、関節部には不自然な光が走っている。
魔力が、溢れていた。
「兄さん……?」
ドゥリアは、思わず声を上げた。
ドゥルガは操縦席にいた。
「見るんだ、ドゥリア」
その声は、少しだけ強張っている。
「これが……俺の答えだ」
合図もなく、ゴーレムが動き出す。
一歩。
二歩。
その動きは、明らかに速かった。
「……すごい」
誰かが呟く。
力強さも、反応も、以前とは比べものにならない。
「勝った……?」
そんな声が漏れた瞬間――
ゴーレムが、止まった。
いや、止まったのではない。
震え始めた。
関節から、魔力が噴き出す。
制御盤が、軋む音を立てる。
「兄さん!」
ドゥリアが駆け出す。
その瞬間、ゴーレムの腕が振り上げられた。
―――――
破壊音。
工房が、崩れる。
悲鳴。
逃げ惑う足音。
ドゥルガは、必死に制御しようとしていた。
「止まれ……!俺のだ、言うことを聞け!」
返事はない。
ゴーレムは、暴走していた。
「ドゥリア!」
ドゥルガは叫ぶ。
妹を守るために、腕を伸ばす。
だが、その動きが――
壁を砕き、
梁を折り、
人を吹き飛ばした。
「やめて……!」
ドゥリアの声は、届かない。
父が、母が、止めようとして、近づいた。
次の瞬間。
衝撃が走った。
―――――
静寂。
赤く染まった工房。
倒れ伏す家族。
ゴーレムは、ようやく動きを止めた。
操縦席の中で、ドゥルガは呆然としていた。
「……違う」
震える声が、漏れる。
「守ろうとしただけだ……」
視界の端に、ドゥリアの姿があった。
瓦礫の下で、小さく震えている。
生きている。
それだけが、唯一の救いだった。
ドゥルガは、操縦席から降りた。
一歩、後ずさる。
「……見るな」
妹の方を、見られなかった。
「ドゥリア……俺は……」
言葉は、続かなかった。
代わりに、背を向ける。
そして、走った。
工房都市の闇へと、姿を消した。
―――――
後に残されたのは、
壊れた工房と、壊れた家族の時間だけだった。
ドゥリアは、しばらくその場から動けなかった。
泣き声も、出なかった。
ただ、分からなかった。
どうして。
なぜ、こうなったのか。
「……兄さん」
小さな声で、名前を呼ぶ。
返事はない。
ドゥリアは、ゆっくり立ち上がった。
そして、決めた。
兄を止める。
理由は、まだ分からない。
でも、放っておけない。
ギルドへ行こう。
情報が集まる場所。
人が集まる場所。
兄を探すために。




