第一章 第四節 第三話 沈黙のあとで
研究棟は、異様な静けさに包まれていた。
魔法陣の光はすでに消え、空気に残るのは、焼けたような魔力の残滓だけ。
リシアは、その場から動けずにいた。
床に横たわる、弟だったもの。
目を閉じれば、「姉さん」という声が、何度も頭の中で響く。
「……」
涙は、出なかった。
ただ、音のない沈黙だけが続いていた。
―――――
最初に異変を察知したのは、研究棟の外にいた憲兵だった。
異常な魔力波動。
制御されていない高出力反応。
「……これは……」
警鐘が鳴らされ、複数の憲兵が研究棟へ踏み込んでくる。
「動くな!」
扉が開かれ、緊張した声が響いた。
ヴァルディオスは、
その場に立っていた。
冷静な表情。
だが、一瞬だけ、視線が揺れる。
「……来たか」
「この魔力反応、説明してもらおう」
憲兵の視線が、床の魔法陣と、倒れた弟に向けられる。
「……違法研究の疑いがある」
「同行してもらう」
ヴァルディオスは、小さく息を吐いた。
「まだ、結果を見ていない」
その呟きは、誰にも届かなかった。
次の瞬間。
床に刻まれた補助魔法陣が、
淡く光る。
「――っ!」
視界が歪み、魔力の奔流が走った。
「止めろ!」
だが、すでに遅い。
ヴァルディオスの姿は、
光の中に溶けるように消えた。
残されたのは、壊れた研究と、沈黙だけだった。
―――――
リシアは、その後、憲兵に事情を聞かれた。
研究の内容。
弟の治療。
師匠との関係。
彼女は、知っていることを全て話した。
知らなかったことも、知らなかったと。
調べは長く続いたが、結論は変わらなかった。
「君は、研究内容を知らされていなかった」
「被害者だ」
その言葉は、どこか遠くに聞こえた。
弟を失った事実は、変わらない。
数日後、リシアは研究棟を出た。
師匠は逃げ、研究は封鎖され、世界は、何事もなかったように動いている。
「……終わってない」
ぽつりと、呟く。
恨みなのか。
敵討ちなのか。
それとも――
あの人の“理論”を、もう一度確かめたいのか。
自分でも、分からない。
ただ一つ、確かなことがあった。
ヴァルディオスを、見つけなければならない。
「……ギルド……」
人が集まり、情報が集まる場所。
仕事として、魔物を狩り、魔石を集め、噂が流れる場所。
答えがあるかは、分からない。
それでも、進むしかなかった。
リシアは、一人、町を後にした。
沈黙のあとに残ったものを、抱えたまま。




