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ガイア戦記 ― 歪められた世界の選択  作者: マロン
第一章 それぞれの理由

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第一章 第四節 第一話 日常と理論

研究棟の朝は、いつも静かだった。


石造りの建物の奥、魔法陣が刻まれた床に淡い光が走る。

その中心で、リシアは羊皮紙に視線を落としていた。


「……やっぱり、魔力効率が落ちてる」

小さく呟き、ペンを走らせる。


魔石の反応速度。

魔力変換率。

誤差はわずかだが、見逃せない。


「昨日より、百分の一だけ不安定……」

誰に聞かせるでもなく、思考を言葉にするのは癖だった。


ここは人間領でも指折りの魔法研究施設。

魔石の解析、魔法理論の検証、魔族に関する基礎研究――


世界を守るための知識が、日々ここで積み重ねられている。


「リシア」

落ち着いた声が、背後から響いた。


振り返ると、白衣姿の男が立っている。

ヴァルディオス。

この研究棟の責任者であり、彼女の師匠だった。


「解析は進んでいるか」

「はい。まだ初期段階ですが、魔石の安定化には――」

「十分だ」


ヴァルディオスは、満足そうに頷いた。

「君は飲み込みが早い。理論を恐れず、数字で見る」


その言葉に、リシアは少しだけ表情を緩める。

「ありがとうございます」


彼の評価は、いつも的確だった。

感情ではなく、結果を見る。

それがリシアにとって、心地よかった。


「……あの」

ふと思い出したように、リシアが口を開く。

「弟の件ですが」


ヴァルディオスは、穏やかに頷いた。

「順調だ」


その一言で、胸の奥が軽くなる。

弟は生まれつき体が弱く、魔力の流れにも耐えられない身体だった。


歩くことも、長く話すことも難しい。

それでも彼は、いつも笑っていた。


「姉さんは、すごいね」

そう言ってくれた。

その弟を救ったのが、ヴァルディオスだった。


「体を強くする必要がある」

「理論的には、可能だ」

そう言って、治療を引き受けてくれた。


リシアは、疑わなかった。

この人なら、大丈夫だと。


―――――


研究棟を出ると、外は穏やかな昼下がりだった。


市場では、魔石が並び、人々はそれを燃料や道具の動力として使っている。


灯り。

調理器具。

簡易な魔法装置。

魔石は、生活の一部だ。


「……当たり前になりすぎてる」

リシアは、ふとそう思った。


魔石は、魔物を倒すことで得られる。

魔物は、負の感情から生まれる存在。

理論では、そうなっている。


だが、負の感情がどこから来るのか。

なぜ魔物になるのか。

完全に解明されたわけではない。


「だから、研究が必要なんだけど……」

答えは、まだ遠い。


―――――


夕刻。

治療棟の前で、リシアは足を止めた。


扉の向こうから、弟の声が聞こえる。

「姉さん?」

「うん。来たよ」


中に入ると、弟は簡易な寝台に横になっていた。

顔色は、以前よりずっといい。


「今日は、少し楽なんだ」

「本当?」

「うん。歩けそうな気がする」


その言葉に、思わず笑みがこぼれた。


「すごいね。先生のおかげだよ」

「うん」


弟は、少し照れたように笑う。

「……姉さんも」

その言葉に、胸が詰まる。


「私も?」

「姉さんが、頑張ってるから」


リシアは、弟の頭をそっと撫でた。


「当たり前でしょ」

守るべきものがある。

信じられる理論がある。

尊敬できる師がいる。

世界は、まだ壊れていない。


少なくとも、この時のリシアは、そう信じていた。

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