78話 隣の彼女が睨む理由
花火の開始まで少し時間があったので、俺と麗は露店を見て回っていた。
花火は海上からあがるらしく、
「えーっと、わたあめでしょ。クレープも外せないし……。とうもろこしも欲しいよね? あっ! フライドポテトもあるよ!」
「そ、そんなに食べられないよ?」
「そうだよね。んー、どうしよう!」
「あまり量は食べられないけど、色んな物を食べたいならシェアしようか?」
「いいの? ありがとう。あっ! 焼きそば発見!」
「そんなに食べると、太るよ」
「うっ……いいもん。太ったら、翼君とダイエットするから。今日は大目に見て下さい」
なるほど、麗と一緒にトレーニングに励むのも、悪くはない。いや、むしろいい!
「しょうがないな」
俺の中で悪魔が勝った。
人混みを抜けて海沿いへ出ると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠ざかる。
屋台の呼び声も、子どもたちの笑い声も、潮風に薄められていく。
両手に持った焼きそばやわたあめが潮の香りと混ざり合って鼻をついた。
俺と麗は防波堤に腰掛けて、花火が始まるのを待っていた。波が静かに砕ける音だけが、一定のリズムで耳に届いている。
「なんか不思議だね」
浴衣の布が触れ合って、帯の結び目が視界の端に入る。まとめた髪の隙間から、首筋がちらりと見えて――俺は慌てて視線を逸らした。
「な、なにが?」
「今こうやって二人が並んでるの」
麗がそっと花火が打ち上がるであろう、空を見ながら言う。
「去年の自分に教えてあげたいよ。夢が叶ったんだよーって」
「……俺もだよ。最初は高校行ったら麗がいて、隣の席で内心バクバクだったけどね」
「……翼君、そのことなんだけど……」
「どうしたの?」
「私、翼君のこと追いかけて『青葉』を選んだんだよ」
「――っ!?」
今明かされる、衝撃の真実……。
しかし、麗の暴露はこれだけではなかった。
「隣の席になったのは、たまたまだったけどね。すごく嬉しかった」
「その割にはすごく睨んでたよね?」
「あ、ああああれは! 緊張しちゃってただけで……」
なんだ……そんなことだったのか。
でも、あのときのバタバタした麗を思い出すと……。
「ぷっ! ははははは」
「なんで笑うの!?」
「いや、ごめん。俺あのとき、すごい嫌われてると思ってたんだ」
「やっぱりそうだよね……」
「でも、良かった。嫌われてないのは付き合うときにわかったけど、ずっと謎だったんだ」
「ご、ごめんなさい」
くだらない。でもそんなことの積み重ねが今の俺たちを形作っているような気がした。
「麗、教えてくれてありがとう」
「へっ!? どういたしまして?」
そのとき、花火が上がるヒューという音が聞こえてきた。
「あ、翼君、始まったよ!」
麗が空を指さして、俺もそちらを見る。
――ドン。
腹の底に響くような音がして、夜空が一瞬遅れて、ぱっと明るく弾けた。
「……すごい」
麗の口から小さくもれる声。
花が開くみたいに広がった光は、すぐに崩れて、きらきらと夜空に溶けていった。
視界の端で、麗の横顔がその光に縁取られる。
浴衣の柄が一瞬だけ鮮やかになって、また闇に戻っていく。
「……綺麗だね」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
花火が上がるまでの、ほんの数秒。
波の音と、遠くのざわめきだけが戻ってくる。
――ヒューッ。
空を裂くような音に、二人同時に顔を上げた。
今度はさっきよりも大きな花火が、夜空いっぱいに咲く。
次の花火が、夜空のさらに高いところで弾けた。
思わず、首を少しだけ反らす。
こんな高さまで、さっきは見ていなかった。
隣を見ると、麗も同じように空を見上げていた。
その横顔を見ていると、俺の気持ちは、勝手に前へ押し出される。
隣に立ちたい、とか。
追いつきたい、とか。
それだけじゃ、もう足りないんだ。
麗と一緒にいると、見える景色が変わる。
だったら――もっと上を、見てみたい。
花火みたいに、一瞬じゃなくていい。
時間がかかってもいい。
俺はもう、今の自分では満足できなくなっていた。
次話、完結となります。




