77話 隣の彼女が浴衣を着ると
海を満喫した翌日、俺たちは地元の観光地をいくつか回った。
一番長くいたのは、山の中にある古い神社だった。
観光案内所の人の話では、昔、災厄からこの地を守った英霊が祀られているらしい。
「何お願いするの?」
麗が、賽銭箱の前で小声で聞いてくる。
「……秘密」
そう答えたけど、お願いすることなんて、最初から一つしかない。
――麗が、ずっと俺の隣で笑っていられますように。
それだけだ。
帰り道では、参道の売店で買った、地元のみかんを使ったソフトクリームが、やけに美味かった。
「んー! なにこれ、美味しい!」
「これが観光地補正か……」
「違うと思うよ!」
カロリーを気にした俺を気遣って、二人で同じソフトを分け合いながら歩いたせいか、甘さより、少し酸っぱい後味のほうが印象に残っている。
そして夕方。
観光を終えた俺たちは、高瀬に案内されて、ある店の前に立っていた。
「……ここ?」
看板には大きく、『レンタル浴衣』と書かれている。
「そうそう。花火大会なんだから、浴衣は必須でしょ?」
高瀬は悪びれもせず、楽しそうに言った。
中に入ると、店の中には色とりどりの浴衣が並んでいる。
「好きなやつ選んでね。ウチからのサプライズだ!」
まさか水着だけでなく、浴衣姿の麗まで見れるなんて――。
「わー! いっぱいあるね」
麗は無邪気に目を輝かせていた。
「浴衣って着たことないな……」
「私も小さい頃以来だよ。どれにしよっかな〜」
俺はなんとなく並んだ浴衣を見ていると、一つの浴衣を手にとった。
それは、紺色でアサガオの柄が入ったいかにも夏らしい一品。
「あっ! それ可愛い!」
「麗によく似合いそうだなと思って」
麗は俺から浴衣を奪うと、裏地までじっくり眺めている。
「私、これにする!」
「えっ!? そんなすぐ決めていいの?」
「翼君が選んでくれたのが良いな……」
そう言って、麗は少し照れたように浴衣で顔を隠してしまった。
なんだそれ――可愛過ぎるだろ。
脳内でこれを着た麗を想像してみると、さぞ絵になるだろうという結論にしか至らない。
そんなことを考えていたら、背後からティーシャツの裾を引っ張られた。
なにかと思って振り向くと、澪ちゃんが真顔で立っている。
「師匠、公平性の観点から、私にも選んでいただけると助かります」
「えっ!? 俺!?」
横目で麗を見ると、頬をパンパンに膨らませて怒っている。
わかってる。これは地雷だ。
踏んでしまったら、俺はまた麗に悲しい思いをさせるし、あのほっぺも爆発してしまう。
「あの、澪ちゃん? 俺より、自分で選んだ方が――」
俺がそう言いかけたら、今度は澪ちゃんが珍しく頬を膨らませた。
「月城さんだけ不公平です」
しまった、こっちにも地雷が――。
「……わかった」
俺は一度、深く息を吸った。
「澪ちゃんのも、俺が選ぶ。ただし条件がある」
「条件とはなんですか?」
「俺が選ぶのは、澪ちゃんに似合うやつだ。麗と比べないから、『どっちが可愛いですか?』とか聞かないように!」
そう言ってから、隣の麗を見る。
「あと、麗が嫌ならやらない。それでいい?」
麗は少し唇を尖らせて、俺の顔をじっと見つめた。
たぶん、何か言いたかったんだと思う。
「……澪ちゃんがいいなら……」
そう言って、渋々と頷いた。
「わかりました。私も大丈夫です」
「……じゃあさ」
高瀬が肩をすくめて言った。
「ウチも選んでもらおっかな?」
「愛はだめ」
麗が、即答した。
「なんで!?」
「翼君は、私のだから。……澪ちゃんは特別なの」
そう言って、ぎゅっと俺の腕に抱きついてくる。
腕に柔らかい感触が……。
「……あーはいはい。ごちそうさまです」
俺も……ごちそうさまです。
結局、俺は澪ちゃんの浴衣も選んでいたので、着替えるのが最後になってしまった。
俺の着替えを見ながら、先に着替えを済ませた駿が口を開く。
「なにそわそわしてんだ?」
「だって今から浴衣姿の麗が見られるんだぞ!? 絶対可愛いに決まってる」
「またそれか! さっきかっこよく、修羅場を収めたと思ってたのに、童貞めんどくさ!」
「うるさいなぁ……」
俺と駿の着替えも終わり、店先で待っていると、高瀬と澪ちゃんが出てきた。二人ともよく似合っている。
「ごめーん。女子は髪もやってもらってたから、遅くなっちゃった」
「二人ともすげぇ綺麗だな」
これは駿の言葉だ。
「へへーそうでしょ」
「師匠と立花さんもよくお似合いですよ」
そんな風に、みんなでワイワイ普段見ることのない浴衣姿を褒め合っていたら、店の奥から足音がした。
「……翼君」
反射的に顔を上げて――そこで、俺はフリーズした。
紺色の浴衣。
落ち着いた色合いの生地に、控えめに咲くアサガオの柄が映えている。
派手じゃないはずなのに、不思議と目を離せなかった。
髪は後ろでまとめられていて、いつもは隠れている首筋が、少しだけ見えている。
水着のときとは、まるで違う。
肌を見せていないのに、さっきよりもずっと大人っぽくて、知らない一面を見せられた気分だった。
麗が、そっとこちらを見る。
まるで――朝の光を待っていた花が、俺の方を向いて、静かに開いたみたいに。
「……ど、どう?」
不安そうな声で聞かれて、ようやく我に返る。
考えるより先に、本心だけがこぼれた。
「……綺麗だ」
一瞬、麗は目を丸くして、浴衣の袖で口元を隠す。
「……ばか」
そう言いながら、耳まで真っ赤だ。
「……破壊力、高すぎでしょ」
「ですね。これはもう反則です」
背後で高瀬と澪ちゃんのそんな声がしたが、俺も全くの同意見だ。
壊れたロボットみたいに立ち尽くしていた俺を、駿が軽く背中を押す。
「ほら。隣、立ってやれ」
「あ、ああ」
近づくと、麗は俯いたまま、視線だけをこちらに向けた。
「……今度こそ、惚れ直した?」
「う、うん。というか、ずっと惚れてるから」
「はう!」
「……?」
麗はなぜか悶絶していた。
「じゃあ、みんな揃ったので――と、言いたいところだけど」
「どうした?」
「翼と麗は二人でいっておいで」
「みんなで行かないのか?」
「これ以上、お邪魔したら麗に噛みつかれそうだからね」
高瀬の隣で、澪ちゃんも続ける。
「悔しいですが、今日は月城さんに譲ってあげます」
さらに、俺に気を遣ったのか、駿は得意げに言う。
「よし、今から学内一のイケてるバスケ男子、立花駿のハーレム祭りじゃ! 高瀬シスターズ、俺がなんか奢ってやるから行くぞ」
「マジで!? 駿ありがとう! ウチお腹ペコペコなんだよ。たこ焼き買って」
「財布を空っぽにしてみせます」
「お、お手柔らかにな……」
そうして、気づけば三人の背中は人混みに紛れて、いつの間にか見えなくなっていた。
「なんだか気を遣われちゃったね」
「そうだね」
やっぱりまだ麗の浴衣姿には慣れないが、こんな機会は滅多にない。
俺は意を決して麗の手をとる。
「俺たちも行こうか」
「は、はい。行きます……」
麗は少し緊張したように、俺の手を握り返してくれた。
更新遅れて申し訳ありませんでした。
完結についてのご報告ですが、
78話 2/3(火)21:00〜
79話(最終話) 2/4(水) 21:00〜
となります。
ここまで応援していただきありがとうございました!
公開まで今しばらくお待ち下さい。




