75話 隣のイケメンが守ってくれる
自分でも、卑怯だと思う。
私がやきもちを焼いて、勝手に翼君から離れて、勝手にトラブルに巻き込まれただけだ。
――全部、自分でしたことなのに。
無意識に彼の姿を探してしまう自分が、嫌だった。
怖いとき、困ったとき、結局、翼君を頼ってしまう。
この状況を何ひとつ変えられない自分も、弱いままの自分も、嫌だった。
「ほら、あっち行こうぜ? お兄さんたちが、色々優しく教えてあげるからさ」
男の人はゲラゲラと気味の悪い声を出しながら、私をぐいっと引っ張っる。
――そのときだった。
私の肩を掴んでいた男の人の手首を、別の大きな手が強く掴んだ。
「……放せ」
聞いたことのない低い声だったので、一瞬、誰か分からなかった。
顔を上げて見ると、そこにいたのは――
「……翼君」
「もう大丈夫だよ」
翼君が男の人の手首を強く掴んだ瞬間、私の肩を押さえていた指が、痛みに耐えきれないみたいにほどけていく。
そして、砂の上でよろけそうになった私の体を、翼君が半歩前に進んで抱き寄せてくれた。
「へっ?」
思わず変な声を出してしまった。
でも、翼君の表情は硬く、見たことがないくらい眉がきつく寄っている。
「なにお前? 痛いんだけど?」
男の人が苛立った声を出す。
「ガキが調子乗ってんじゃねーよ」
声を荒げられても、翼君は放さない。
何も言わず、ただ睨み続けている。
瞬きもせず、逃げ場を塞ぐみたいに、真正面から。
普通の人が見たら相当怖いと思う。
でも、私はその顔に強い安心感と、一人で勝手に離れてしまったことへの後悔を、同時に抱いていた。
「お、おい」
男の人の喉が、目に見えて上下し、片唾を飲む。
額からは冷や汗がぽたりと垂れた。
「監視員さーん!」
どこからか、今度は聞いたことのある声が響いた。
「こっちに、未成年に飲酒させようとしてる人たちがいまーす!」
男の人たちの肩が、びくっと跳ねる。
「おい……やばいって」
もう一人が、焦った声で囁いた。
「行こうぜ」
「……ちっ。おい! 放せって」
翼君に腕を掴まれた男の人は、乱暴に振りほどこうとするけれど、振り切ることはできない。
「二度と麗に近づくな」
「うっ……わかったから、放せって」
その言葉を聞くと翼君はよくやく力を抜いた。
「あ、あの……翼君……」
「ごめん! 俺が離れたばっかりに、麗に怖い思いをさせた!」
「……ちがう」
そう言おうとしたのに、声になっていなかった。
翼君が悪いわけじゃない。
勝手に離れたのは私で、勝手に怖い思いをしたのも私だ。
それなのに――。
「ごめん」って言われた瞬間、
私の中で、ずっと張りつめていたものが切れた。
視界が滲んで、息がうまく吸えない。
「……っ」
涙が、ぽろっと落ちてしまった。
「れ、麗……?」
困ったみたいに名前を呼ばれて、それが余計に、だめだった。
怖かったからじゃない。
助けてもらえたから泣いたわけでもない。
――謝られるほど、私は何もできていなかった。
そう思ったら、涙は止まらなくなってしまった。
「ごめん……なさい……私……」
涙が止まらない私の前で、翼君は少し困ったように視線を泳がせた。
「……俺さ」
それから、ぽつりと続ける。
「迷子がいたんだ……小さい子でさ。親、全然見当たんなくて……ほっとけなかった」
責めるような響きは、どこにもなかった。
言い訳みたいでもなくて、事実を淡々と述べている。
「麗に声をかけようとしたら……いなくなってて……助けに来るのが遅れちゃったんだ……」
違う。
――私だ。
勝手に離れたのは、私。
「和史さんから、守れって言われてたのに……ごめん」
そのとき、砂を踏む足音が近づいてきた。
「麗!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、愛だった。
「大丈夫!? ほんとに心配したんだから!」
両肩を掴まれて、揺さぶられる。
その勢いに、また涙が滲んだ。
「……うん」
小さく頷くと、少し後ろから澪ちゃんの声がした。
「月城さん、怪我はありませんか」
視線が、私の手首や肩に落ちる。
それだけで、ちゃんと見てくれているのが分かって、胸がいっぱいになる。
「だ、大丈夫……」
そう答えたところで、少し離れた位置から、気の抜けた声が飛んできた。
「いや〜、ハッタリ、効いたっぽくね?」
立花君だった。
「あれ相当ビビってたぞ」
「ちょっと! そこ自慢するとこじゃないでしょ!」
愛が即座に突っ込む。
「結果的には……助かりましたけど」
澪ちゃんが、静かにそう言った。
そんなやりとりの中で、翼君が駿君の方を見る。
「……ありがとう駿。助かった」
短い言葉。
でも、心の底からの感謝だ。
「おう」
駿君は肩をすくめて笑う。
「……マジで、間に合ってよかったな」
私は、そのやりとりをぼんやり眺めていた。
みんなが、来てくれた。
心配して、集まってくれた。
でも――
あのとき。
一番最初に、私が名前を呼ばなくても、何も言わなくても。
私を守るように、前に立ってくれたのは。
――翼君だ。
「翼君……ありがとう」
私は精一杯の声を振り絞る。
翼君は私の手をそっと、握って――
「もう、離れないから」
それだけ言ってくれた。
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