73話 隣の君は、去年なにを想ったか
高瀬家の別荘には二泊三日の滞在で、今日は到着したら海へ遊びに行こうということになっている。
明日の昼間は現地を観光して、夜には花火大会があるらしい。
俺たちを乗せた車は、潮の匂いが濃くなる道を抜けて走り続けた。
窓の外の景色が、いつの間にかコンクリートから青々とした海が見えるようになる。
信号で止まると、時折遠くで、波が砕ける音がした。
「――着いたよ」
高瀬の声と同時に、車がゆっくりと減速する。
目の前に現れたのは、白い外壁の大きな別荘だった。
小高い丘の上にぽつんとあって、建物の裏手にはどこまでも続く海が見える。
「高瀬……すごいな」
思わず、前を歩く高瀬に感想が漏れてしまう。
「でしょ? 毎年来てるけど、今年はみんなで来たいと思ってたんだよね」
麗はというと、風に揺れる髪を押さえながら、じっと庭から海の方を見つめていた。
「……本当に、海だね」
意外だ。
もっとはしゃいで喜ぶのだとばかり思っていた。
麗の横顔はなにか思い詰めたように遠く、儚い。
「麗、どうしたの? なにか心配事?」
俺が声をかけると、彼女は首を横に振る。
「私、家族旅行で去年も海を見たんだけど、あのときは翼君にフラれた直後だったし、全然楽しめなかった。でも、今年は翼君と一緒に海を見てるんだなと思ったら、色々思い出しちゃって……」
「そっか……」
去年の麗が、どんな気持ちで海を見ていたのか。
俺には、想像することしかできない。
だから、俺がしなくちゃいけないのは――『今の麗』を、安心させることくらいだ。
俺は麗の隣に並ぶ。彼女は驚くように目を丸くして、俺のことを見上げた。
「来年も、一緒に見に来よう」
麗はきょとんとした顔をした後、慌てて俺から視線を外した。
「……ずるい」
小さくそう言うと、今度ははっきりと聞こえるように言った。
「うん……来年も、一緒に来たい」
本当は、もっと先の約束までしたかった。
けれど、いつかのために、今は胸の奥にそっとしまっておく。
二人で海を眺めていると、高瀬の元気一杯な声が背後から聞こえた。
「おーい! バカップル〜置いてくよ!」
俺たちが振り返る頃には、三人は別荘の玄関扉の前で待っていた。
「ごめ〜ん。今、行く〜」
麗が返事をすると俺の腕を引っ張って――
「行こう、翼君」
「うん」
俺たちは『一緒』に歩き出した。
別荘の玄関を抜けた瞬間、思わず足が止まった。
中は想像以上に広い。
リビングは吹き抜けになっていて、視線を上げると二階の廊下がぐるりと見渡せた。
一階には、雑誌で見るようなオシャレなキッチン。
作業台も収納も無駄に広くて、「ここで何人分の料理を作るんだ」とツッコミたくなる。
正面の壁には、やたらと大きなテレビ。
映画館かってくらいのサイズで、リモコンを失くしたら本気で見つからなくなりそうだ。
さらに、二階のバルコニーに目をやると――
「……ジャグジーもあるの!?」
麗が目を輝かせていた。
別荘っていうか、もはやリゾートホテルだ。
「とりあえず、荷物置いたら海行こうよ!」
「賛成」
即答したのは駿だ。
「じゃあ、部屋で着替えたら玄関集合ね」
高瀬の提案に、俺たちはそれぞれ返事をすると、割り当てられた部屋で着替える。
ちなみに男子は男子、女子は女子でそれぞれ一室ずつ。
先に着替えを終えた俺と駿は、玄関で女子たちを待っていた。
……落ち着かない。
理由は分かっている。
このあと、麗が水着姿で出てくる。
それだけで、心臓が無駄に仕事を始めてしまう。
俺が玄関をうろうろしていると、駿が不思議そうに眉をひそめた。
「翼、さっきからなにそわそわしてんだ?」
「当たり前だろ。今から麗が水着で出てくるんだぞ。落ち着いていられるか!」
しかも、あの麗だ。可愛いに決まっている。
駿は一瞬きょとんとしたあと、鼻で笑った。
「……童貞めんどくさ」
「うるさい! お前だって似たようなもんだろ!」
「俺は期待を表に出さないだけ。大人だからな」
どの口が言うんだ。
最初に現れたのは高瀬だった。
ビキニの上にラッシュガードを羽織っているが、ファスナーは半分ほど開いていて、その下からは、目を疑うほど健康的なスタイルが主張している。
すごい。その一言につきる。やっぱり高瀬はすごいのだ。
「お待たせー!」
元気よく手を振る高瀬に、俺と駿は同時に視線を逸らした。
その後ろから、澪ちゃんが静かに姿を現した。
シンプルなネイビーのワンピースタイプの水着に、太ももまでのスイムパンツ。
露出は控えめなのに、無駄のない体つきと姿勢の良さで、
「……お待たせしました」
ぺこりと丁寧に頭を下げる仕草まで含めて、
姉とはまるで別のベクトルで完成されていた。
これはどう見ても中学生じゃない!
最後に、少し遅れて玄関から顔を出したのは――麗だった。
水着の上から、子ども用の巻きタオルをかぶって首から腰までをすっぽり隠している。
「……お、お待たせ」
声は小さく、自信なさげに下を向く。
「……そのタオル、どうしたの?」
俺がそう言うと、麗はビクッと肩を揺らした。
「だ、だって……恥ずかしいんだもん」
言葉がどんどん小さくなっていく。
「なんで隠すんだよ〜麗の立派なフニフニ見せてあげなよ」
高瀬が麗の巻きタオルを剥ぎ取ろうとしている。
「やめて〜」
麗は必死にタオルを押さえつけて半べそ状態だ。
「やめろって、嫌がってるだろ」
俺は高瀬の手首を掴んで、軽く引き離した。
「翼は麗のフニフニ見たくないの?」
俺を見る高瀬の表情は、真剣そのものだ。
「うっ……」
見たい。そりゃ見たい。男子高校生として当然だ。
だがここで頷けば、俺は『彼氏』から『変態』にクラスチェンジする。
理性よ、仕事しろ。
「無理矢理はだめだ!」
麗は逃げるように、俺の背後に隠れた。
「……ありがと、翼君」
そうだ……。俺が守らないと……。
麗がタオルを離さない理由は、なんとなく分かる。
高瀬は堂々としていて、澪ちゃんは落ち着いていて。
二人とも、隣に立つだけで完成された女性の美しさがある。
それに比べて――なんて、麗はきっと、そんなことを考えているんだろう。
でも、俺から見れば、比べる必要なんて最初から全くない。
ただ……麗のフニフニが見れないのは、本当に……ちょっとだけ、残念だ……。
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