71話 隣のイケメンに見せる水着がない
「なんでそうなるんだよ!?」
「いや、俺にもわからない」
俺は今、市民プールで沈んでいた。
なにかの例え、じゃない。気持ちの話でもない。
物理的に、プールの底である。
夏休みの平日ということもあり、市民プールの利用客はほとんどが小学生だ。
水鉄砲の音と、監視員の笛がやけに遠く聞こえる。
そんな中、俺は駿に『泳ぎ』を教えてもらっていた。
「力抜けって言っただろ」
「抜いてるつもりなんだよ!」
「じゃあなんで沈んでくんだよ!」
俺はプールの縁にしがみつきながら息を整える。
肺が苦しい、プライドも苦しい。
ことの発端は、高瀬から送られてきた一通のメッセージだった。
※ ※ ※
夏休みを満喫している俺たちは、買い物帰りに、麗が「アイス食べたい」と言い出したので、近所のカフェに寄っていた。
「れ、れれれ麗、これ見て」
「翼君、名前呼び、全然慣れないね」
麗は苦笑いしながら、スプーンでバニラアイスをすくう。
「ご、ごめん。なんか緊張しちゃって……」
「いいけどさ……早く慣れてね」
これが、全然慣れない。
ずっと名字で呼んでたからか、麗って呼ぼうとすると、無性に恥ずかしくなる。
「で、どうしたの?」
「ああ、これ。高瀬から」
俺はスマホの画面を麗に見せた。
そこには、澪ちゃんがトロフィーを掲げている写真と、短い文章。
『全国、優勝したよ!』
「えっ!? 澪ちゃん、すごい……!」
続けて、メッセージがもう一通届いた。
『夏休みは毎年、姉妹で別荘行くんだけどさ、翼も来ない?』
俺は思わず画面を二度見した。
「……俺?」
「翼君、それ普通に浮気だよね?」
「いやいや、さすがにこれは行けないよ」
麗が冷ややかな視線で俺を睨みつける。
たまに出るこの表情、相変わらず恐ろしい……だが、あからさまな嫉妬が可愛くもある。
すると、またまたメッセージが飛んでくる。
一回で送れよ!
『あとさ、麗と駿も誘って、みんなで遊びたいんだよね。近くに海水浴場あるし、花火大会もあるよ』
「だって」
俺が言うと、麗はアイスを頬張りながら目を輝かせた。
「行くー!!」
「だよね」
海辺の別荘。
海水浴場。
夜は花火大会。
夏のイベントが全部詰まっている。
きっと楽しい思い出になるはずだ。
しかし、そこで俺はあることを思い出した。
……あ、俺、泳げないんだ。
※ ※ ※
「てか、筋肉のつけすぎだな。浮かずに沈んでいくやつなんか初めて見た」
駿は呆れたように言いながら、プールサイドから俺を見下ろす。
「でも一応、泳げてるよな?」
「一応……な」
そう、やってみてわかったけど、体が浮かないから息継ぎはできないが、プールの底をクロールで進みながら50mは泳げた。……ような気がする。
「まるで魚雷だけどな」
「ぐっ……」
駿はビシッと俺を指を指す。
「翼、できないことは、素直に笑われろ」
「嫌だよ……かっこ悪い姿は見せたくない」
「なんでだよ?」
「だって、恋人に情けない姿なんか見せたくないだろ!」
「そういうところも見せてこそ、彼氏彼女だろ……あ〜めんどくさっ!」
麗にはかっこ悪い姿なんか見せたくない。そう息巻く自分自身がなんとなく好きだし、自信になる。
できないことから逃げるのは、もうやめたんだ。
どうせやるなら、かっこいい自分を見せたい。
俺は深呼吸して、もう一度水に顔をつけた。
——今度は、沈まないために。
「おい、沈んでるぞ」
駿の言葉が水中から聞こえた。
* * *
一方その頃――。
私――月城麗はショッピングモールの入り口で、とある人たちを待っていた。
ことの発端は、翼君に別荘へのお誘いがきた後――。
私にもすぐ愛から連絡がきた。
愛に『楽しみだねー』と返信した後、思い出してしまう。
……あ、私、水着持ってない。
どうしよう……。
水着なんて買ったことない。
というか、私が素肌なんか晒していいのだろうか……。
一緒に行くのは、あの抜群のプロポーションの愛と澪ちゃん……。
「せ、せめて水着くらいは似合うものを選ばないと……」
私は急いで愛に電話をかけた。
背に腹はかえられない。
愛はオシャレだし、きっとかわいい水着を選んでくれるはず。
幸いにも、愛はすぐに電話にでてくれた。
『もしもし〜麗、どうしたの?』
「あ、あの! 私、水着持ってなくて……一緒に買いに行ってくれないかな……」
『お! ウチと澪も去年のやつが入らなくなったから、新しいの買おうと思ってたんだよ。一緒に行こう!』
去年のやつが入らない? まだ成長中ってこと?
う、羨ましい。
なんか自信なくなってきたな……。
それに澪ちゃんと会うのは、彼女が翼君に告白したとき以来だ。
ちょっと、気まずい。
でもあれは、私が言い出したことだし……。
普通に接しないとダメ……だよね。
「よ、よろしくお願いします……」
――そして、今に至るというわけだ。
「やっほ〜。麗〜、久しぶり」
「月城さん、お待たせしてすいません」
二人がやってきた。
今日の愛は肩の出るリブニットに、薄色のロングスカート。布は多いのに、動くたびに足のラインがきれいに出る。
露出しているわけじゃないのに、自然に周りの人の視線を集めている。
少し後ろには、澪ちゃんもいる。
淡いグレーのシャツに、黒のスラックス。全体は落ち着いているのに、サイズ感がちょうどよくて、中学生っぽさがまるでない。
……二人とも、やっぱり綺麗だな。
私も雑誌を見たり、ネットで調べたりはしている。
でもこの二人は、モデルさんみたいに身長も高いし、なにより……あの胸だ!
……ずるい。
私は、今日鏡で見た自分の服装を、頭の中でもう一度なぞってから、自信なさげに挨拶した。
「二人とも、久しぶりだね……」
「麗、どしたん?」
愛が心配そうな目で私を見る。
「二人ともオシャレだなぁと思って……」
「なに言ってんの!? 麗もきゃわいいよ〜!!」
今日の私は、白のブラウスに、淡いベージュのフレアスカートを選んできた。
露出は少なめ。でも、ウエストの位置が少し高く見えるデザインで、スタイルがよく見える……はずだ。
悩みに悩んだ、私の勝負服だ。
本当はデートのときに着ようと買ったものだけど、ここは仕方ない……。
「ね!? 澪もそう思うよね?」
「あ、はい。とても可愛いです」
澪ちゃんは、俯きながらチラチラ私の方を見て応えた。
やっぱり澪ちゃんも気まずそうだ。
私から声をかけた方がいいよね……。
でもどうしよう……。
私は一度、小さく息を吸ってから、澪ちゃんの方を向いた。
「……澪ちゃん、この前のこと、気にしてる?」
澪ちゃんの肩が、わずかに揺れた。
「あ……いえ……その……」
否定しきれない沈黙が流れる。
だから私は、続けた。
「私ね。あのとき……ちょっと怖かったんだ」
澪ちゃんが、驚いたように顔を上げる。
「好きな人が、誰かに好かれるのって……思ってたより、ずっと不安だった」
これは嘘じゃない。
かなり強がっていたと思う。
「でも、澪ちゃんが気持ちを伝えたこと、間違ってたなんて思ってないよ」
私は少しだけ、笑ってみせる。
「だって、私がそう言ったんだもん」
澪ちゃんは少し安心したように、強張った表情を緩めた。
「月城さん……私、ずっと謝りたかったんです。私のわがままで――」
そこまで言うと、私は人差し指を澪ちゃんの口の前に差し出す。
「謝る必要はないよ。これからも仲良くしてくれたらね」
「は、はい!」
これで良い――。
私は自分にそう言い聞かせる。
「よし、じゃあ和んだところで、水着見に行こうよ」
愛は楽しそうに笑いながら、私と澪ちゃんの手を引く。
「二人にえっちぃ水着、選んであげる」
「「それは嫌!」」
この後、水着売り場では、私たちの悲鳴が轟くのであった。
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