64話 隣の彼女のお父さん
月城さんを家へ送る道中、俺は彼女からお父さんの話を聞いていた。
「えっ!? お父さんって、青春文庫の編集長なの!?」
「うん。だから私、小学生の頃からラノベは読んでたの」
「青春文庫といえば……『空色リフレイン』とか、『サイダーみたいな恋』とか?」
思いつくままにタイトルを挙げると、月城さんは小さく頷いた。
「それ、お父さんの担当だね」
「……すごい」
あんな物語を、作者と一緒に形にしてきた人か。
月城さんの話を聞いているうちに、恐怖よりも好奇心のほうが勝っていた。
一ファンとして制作の裏話とか聞いてみたい。
そうこうしているうちに、月城さんの家が見えてきた。
門の前で、誰かが落ち着きなく立っている。
「……ん?」
月城さんがその人物の元へ駆けていく。
「……お、お父さん!? どうしたの!?」
あの人が──月城さんのお父さん。
白いワイシャツの袖をまくり、どこかくたびれたように薄く笑っている。
だけど、俺を一瞬見たその視線だけが、やけに鋭かった。
「麗ちゃん! どこ行ってたの〜! お父さん、心配しちゃったよ〜!」
「ご、ごめんなさい。今日はちょっと……映画に行ってたの……」
「そっかそっか。夏休みだもんね。映画くらい行くよね」
完全にデレデレだ。
……さっきの視線は気のせいなのだろうか?
「あ、あの」
初対面なのでしっかり挨拶しようとして、俺は口を開ける。しかし――
「君が送ってくれたのか〜。ありがとうね」
言葉を、被せられてしまった。
「あの、俺は月城さんと――」
「いや〜、ほんと助かったよ。もう帰って大丈夫だから」
にこやかな笑顔。
でも、その目は、俺を見ていない。
「さあ麗ちゃん。家の中に入ろう。外は危険がいっぱいだからね」
その言葉と同時に、俺を一瞥する。
どうやら歓迎されてはいないようだ。
「ご、ごめん! 後で連絡するね!」
月城さんはそう言って、家の中へと連れて行かれた。
……なんだ、今の。
* * *
私――月城麗は安堵していた。
お父さんの神崎君への対応は、思ったより普通だった。
ちょっと強引な気もしたけど、送り届けてくれたことにも、ちゃんと感謝してくれていた。
……少し、安心していたのに。
「ぬおおおおお!!」
父は、家の中に入った瞬間、壊れてしまった。
「なんだあいつは!! 俺のかわいい麗ちゃんにまとわりつく害虫があああ!!」
……やっぱりだめだった。
「お、お父さん! 害虫なんてひどいよ! 彼はすごく優しくて、いい人で――」
「これでもだいぶ我慢したんだからね!? お父さん、大人だから!」
父は片手で自分の顔を掴み、指の隙間から血走った目を私に向けた。
「で! あのボンクラは麗ちゃんのなんなの!?
ま、まさか恋人じゃないよな……?」
「あの……一応、お付き合い、させていただいてます」
「嘘だーーーー!!!」
父は頭を抱えて卒倒する。
「どうしたの〜? 大声出して」
間の抜けた声と一緒に、母が現れた。
「あら、麗ちゃん。お帰りなさい」
「お母さん、ただいま……あのね、お父さんが……」
「志保! 大変だ! 俺たちの大事な麗ちゃんに男がいる!」
「あら〜。バレちゃったのね」
「知ってたのか!?」
「麗ちゃんも高校生よ。彼氏くらいできるわ」
「ぐぅ……」
父は、その場に崩れ落ちた。
「いつかこんな日が来るとは思ってた……麗ちゃん、お父さんと結婚するって言ったのに……」
私、そんなこと言ったっけ? 全く身に覚えがないんだけど……。
「それ、麗ちゃんが四歳くらいのときよ」
母のフォローは容赦ない。
「……麗ちゃんは、あいつのこと、好きなの? なにか弱みを握られているとかじゃなく?」
どうしよう。ここまできたらはっきり言った方がいいよね。お父さんにもちゃんと神崎君のこと認めてほしいし。
「……はい。好きです」
私の言葉に、一粒の涙が父の頬をつたった。
「お、お父さん、なんで泣いてるの?」
「いや、ごめん……麗ちゃん、大人になったんだね」
父はなにかを懐かしむように天井を見上げた。
「麗ちゃんが好きなら……しょうがないよな。名前はなんていうの?」
「神崎……翼君です」
私が彼の名前を告げると、父の雰囲気がガラリと変わった。
「……神崎? 中学のときの、あの神崎?」
どうやら私は父の逆鱗に触れてしまったようだ。
でも、ちゃんと話せば分かってくれるはず。
「お、お父さん、聞いて。神崎君はね――」
「そいつだけは、絶対にダメだ」
普段と違う父の態度に、私は恐怖すら感じた。
「どうして……どうしてダメなの?」
「一度逃げた人間は、また逃げるからだ」
父の言葉が重くのしかかる。だけど、その言葉はどこか自分自身に言っているように聞こえた。
……神崎君は確かに逃げた。
自分に自信がなかったからと、私のことをフッた。
でも、それは彼の優しさでもある。
それでも神崎君は努力して、身体を変えて、私に好きだと言ってくれた。
彼はもう絶対に逃げたりなんかしない。
私は彼を信じてる。
「お父さん信じて! 神崎君は絶対にそんなことしない!」
「ダメだ。俺は麗ちゃんのために言ってるんだ。そんな男はやめておけ」
こんなに冷たい父を私は見たことがない。
「……嫌い」
「ん?」
「今のお父さんは大嫌い!」
私は父に背を向けると自室へ走った。
頑張ってきた神崎君を否定されたみたいで、父のことがどうしても許せない。
「……神崎君」
ベッドに飛び込んだ後は、声を押し殺してひたすら泣いた。
会社員のため、執筆・投稿は週末が中心となります。感想・ブックマーク・評価が大きな励みになりますので、応援いただけますと幸いです。




