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5話 隣の美少女はまだ諦めてない

 ベッドの柔らかさに体を沈めながら、私――月城麗はスマホの画面を眺める。夕暮れの光がカーテンの隙間から射し込んで、部屋の壁をオレンジ色に染めていた。静かで、穏やかな時間。


 画面に表示されている名前は――『神崎翼』。ただそれだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。


「やっと……神崎君と連絡先、交換できた」


 声に出した瞬間、恥ずかしさに耐えられなくなって、枕に顔を押しつけた。こんな自分、絶対に彼には見せられない。


 でも、神崎君の名前を見ていると、ふと思い出す。あれは私の初恋だった。中学三年の春、図書室で――。

 

 私が「ボッチ」と呼ばれるようになったのは、ほんの小さなきっかけからだった。眼鏡をかけていて、休み時間もひとりで本を読んでいる――ただそれだけ。


 最初は「真面目だね」と笑われる程度だったのに、いつの間にか「暗い」「オタク女」という言葉に変わり、気づけば教室の輪から外れていた。


 声をかけてもらうことは減り、机に落書きをされた日もあった。笑いながら私を見てくる子たちの顔が怖くて、私は俯くしかなかった。次第に「学校に行きたくない」と思うことが増えた。


 そんなときだった。人目を避けて足を運んでいた図書室で、彼――神崎翼と出会ったのは。


 彼は一人で本を読んでいた。普段なら全く気にしないのに彼の持っている本から目が離せなかった。その本、『となりのヒロイン計画』は私の愛読書だったから――。


 地味で目立たない女の子が、学園祭の劇でヒロイン役に抜擢されたことをきっかけに、少しずつ自分を変えていく――そんな物語。

 ドタバタしたコメディー調なのに、ラストは胸がぎゅっとなるくらい感動的で……。何度読んでも、あの主人公の結花ちゃんに勇気をもらえる。

 

「その本、面白いよね」


 思わず声を掛けてしまった。


「うん、すごく面白い。君も読んでるの?」


 そこから会話は弾んだ。登場人物の魅力、物語の先の展開、作者の癖の話――。気づけば、私は夢中で言葉を重ねていた。


 ふとした瞬間、気づいた。

 ――私、笑ってる。


 どれくらいぶりだろう、誰かと心から笑いながら話せたのは。


 神崎君は私を「ボッチ」なんて呼ばなかったし、眼鏡をからかうこともなかった。ただ同じ趣味を持つ一人の人間として、自然に接してくれた。


 その日から、私は放課後の図書室に通うようになった。彼が来るかどうか分からない日も、机に座って本を開き、ページをめくる。


 扉が開いて彼が入ってくると、それだけで一日が救われるようだった。


 私は気づいた。この気持ちは、ただの感謝じゃない。一緒にいると安心する。彼と話したい。笑っていてほしい。


 ――あぁ、好きなんだ。


 勇気を振り絞ったのは、中学三年の春。まだ桜が散る前、私は放課後の図書室で彼を呼び止めた。


 心臓が喉から飛び出しそうだった。けれど、それでもどうしても伝えたかった。人生でこんなにも勇気を出したことはない。


「神崎君、好きです。付き合ってください」


 告げた瞬間、世界が止まった気がした。でも、彼の口から返ってきたのは――優しいけれど、はっきりとした拒絶だった。


「ごめん。月城さんとは付き合えない」


 理由は分からなかった。問い返す勇気もなかった。ただその瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。


 ――きっと、地味で冴えない私だから。眼鏡をかけて、暗い顔をして、取り柄もない私だから。だから、振られたんだ。


 泣きながら家に帰った夜、自室の机にあった『となりのヒロイン計画』の表紙に目がとまった。


 変わらなきゃ、このままじゃ駄目なんだ。彼にもう一度振り向いてもらうために。


 私は眼鏡を外してコンタクトに変えた。動画でメイクを学び、髪を伸ばして手入れを欠かさなかった。少しずつ、服も研究した。苦手な運動だって始めた。


 全部、彼にまた会ったときにがっかりされないために。そして、このままお別れするのがどうしても嫌だった私は、彼と同じ高校を選んだ。


 春の空気はまだ冷たく、校庭の桜は満開だった。中学の卒業式。


 クラスの友達が泣いたり笑ったりしている中、私は人混みをかき分けるように、彼の姿を探した。


 ――神崎君に、もう一度伝えたい。


 そう思っていた。

 

 眼鏡を外し、髪を伸ばして整え、少しずつ努力を重ねてきた。昔よりは自信も持てるようになった。だから今日こそ、「諦めたくない」って伝えられるはずだった。


――そう思っていたのに。


 卒業式を終え、校門の前で人だかりの中に立つ彼を見つけた瞬間、息が止まった。そこにいたのは、私の知っている神崎翼じゃなかった。


 すらりと伸びた背筋、痩せて引き締まった体つき。制服が似合っていて、光を受けた横顔は映画の主役みたいに整っていた。女子たちが黄色い声を上げながら彼の周りを囲むのも、当たり前だと思えた。


――かっこよすぎる。


 胸がぎゅっと縮む。たったそれだけで、準備してきた言葉が全部吹き飛んでしまった。


 「諦めない」って伝えるはずだったのに、足が動かない。声が出ない。


私は校門の陰に隠れて、ただ彼を見つめることしかできなかった。 


 彼は覚えていないのかもしれない。むしろ、私が告白したことなんて忘れているのかもしれない。


 それでも――。


 私はまだ、諦めていない。今度こそ、彼の隣に並んで笑えるように――。



 

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